他者との距離から見えてくる至極曖昧な自分自身という存在。ファースト・アルバム『?』でwash?が提示したそんな人間の根源的なテーマは、シングル「ナナイロ」から始まる三部作において"光"にフォーカスを当てることによってより具現化し、光と闇、希望と絶望を等比に唄うバンドとして更なるスケール・アップを見事に果たした。特に、三部作の根幹を成す大樹のような楽曲「パズル」を遂に完成させたことは、wash?にとって、いや、日本のロック史においても革新的な事件だと僕は思う。これは決して大袈裟な話ではない。彼らはこの9分を超える規格外の大作を生み落としたことで、すでにあらゆる表現形態は出尽くされた感のあるロックの文脈に新たな可能性の息吹をもたらすことに成功したのである。wash?は僕の心の奥底にまた一本ぶっとい棘を突き刺してくれた。その棘を無理に抜こうとは思わない。(interview:椎名宗之)
自分達の音楽が誰かにとって“灯り”になれたら
──先月リリースされたシングル「ナナイロ」は、秋に出るアルバムまでの三部作の序章ということですが。
奥村 大(g, vo):“三部作”と言っても、昔のプログレみたいに重厚な連作というわけではないですけど、連なるテーマ感と言うかイメージが自分達のなかにはあって、シングルの「ナナイロ」と「パズル」、アルバムの『真昼の月は所在なく霞んでる』までをひとつの作品として捉えているんです。
──この三部作のテーマというのは?
奥村:去年出したアルバム『?』の時にあった“他者との距離”というテーマが、今思うとちょっと観念的だったんですよね。今回はもう少し自分のイメージに近い言葉で言うと、“空間”とか“空気感”って言うのかな。“距離”の話を音楽的に語るのではなく、“他者との距離”をイメージした時に自分のなかで浮かんできたキーワードは“光”だったんですよ。その光を介して他者と交わっていくと言うか…。
南波政人(g, vo):それがいろんなところに連鎖しているんだよね。「ナナイロ」のジャケットにも光が象徴的に映し出されているし、曲を聴いてジャケットを見てもらえれば最後には頷けると思う。
奥村:光の話だけで軽く4時間くらいは喋り続けられるんで(笑)。
──同じ光でも、三部作ではそれぞれ違った光がテーマとなっているんですよね?
奥村:そうですね。「ナナイロ」は歌詞にもある通り、照らしてきた光がピアスに当たって乱反射して、七色になる。「パズル」の光はそれに比べてもうちょっと暗いんですね。「ナナイロ」が太陽の光とするならば、「パズル」は月のそれなんですよ。最終的にアルバムでは、光を灯しているのが自分達の話に変わってくる。“真昼の月”とは自分達を象徴したメタファー〈暗喩〉なんです。つまり、最初は光を見つめていた人が、最後にはその人自身が光を放つようになる。何かのインタビューで「人が灯す光のことを“灯〈あか〉り”と言う」という一文を読んで、凄く共感できたんですよ。自分達のことを“光”に喩えるなんておこがましくて厭だったんだけど、“灯り”という言葉なら少し納得できたんです。自分達が面白がって何かをやっている姿が、誰かにとって“灯り”だったりすることもあるんじゃないか? と思って。俺が今まで聴き続けてきた音楽が“灯り”の役割を果たしてくれたように。
──燦々と降り注ぐ陽の光のような「ナナイロ」と対照的に、「パズル」は光はおろか、漆黒の闇の如く重く沈んだナンバーですね。
奥村:光があるからこそ認識する闇ですよね。どちらが欠けても成立しない。「ナナイロ」と「パズル」、2つ併せて俺のなかでは両A面みたいな位置付けですね。
──ピッタリと符合するパズルのような2人だったのに、結局は互いを補いきれなかったという、聴き手の心を激しく揺さぶるヘヴィなラヴ・ソングですよね。
奥村:符合する・しないが大事というよりも、そのパズルの絵は二度と再現されないんですよ。符合した完成形の絵を一度知った人間が感じる、ピースが足りないことの喪失感を描きたかったんです。「パズル」は仮歌とマイク・チェックと本番の3回しか唄わなかったんです。本番でもう1回トライしてみようと思ったんだけど、膝がガクガクになっちゃって無理でしたね。
南波:奥村の歌はどれも仮の段階からいいんだけど、特にこの「パズル」は凄かったんです。9分11秒もあって、最初から最後まで間奏もなく、ほぼ歌が入った曲なんですよ。それでも一切のやり直しなしで2回目を録ったからね。
──かさぶたを剥がすような問いかもしれませんが、これはどんな出来事がきっかけで生まれた曲なんですか?
奥村:万事スムーズに物事が運んで、調子に乗っていた時期があったんです。ところが、とあるプライヴェートな事件を発端にして全く正反対のバイオリズムになってしまった。それが自分にとって凄まじい体験だったんですね。普段から何に使うでもなく言葉を書き留める癖があるんですけど、その体験の真っ直中に不意にガーッと書き始めたら止まらなくなってしまって、気がついたら一篇の詩になっていたんです。その場で出来上がった詩を読み返しながらアコースティック・ギターで爪弾いた途端、いきなりAメロが頭に浮かんできた。生まれて初めて歌詞から先に曲を作ったんです。あれは不思議な経験でしたね。
南波:最初に奥村が「できればやりたくないけど、凄いのが出来た」ってスタジオに「パズル」を持ってきて、唄われた瞬間にもう絶句、ホント鳥肌モンでしたよ。と言うか、ギターの最初のフレーズを聴いた時から、歌が始まる前からとんでもない名曲だと確信したからね。奥村の歌を聴き終えて身動きが全く取れなかった。だからこそ、9分を超える曲だろうと敢えてシングルとして発表しようと踏み切ったんですよ。やっぱり、奥村のソングライターとしての才覚がどんどんどんどんリアルになっているのが身近で見ていてよく判りますよね。俺は奥村のプライヴェートな部分もよく知ってるから、彼が身を削って生み出した曲が余りに痛すぎて聴けない時も正直あるんですよ。でも、その痛さを俺達3人は受け止められるし、それぞれのパートでよりリアルな歌にビルドアップできると思ってる。
──BEATSORECORDS主宰の土屋(浩)さんが「シングルにするなら『パズル』だ!」と強硬に主張したそうですね。
奥村:メンバーである俺達が社長(土屋氏のこと)を止めに掛かったくらいで(笑)、最初、「パズル」をシングルにすることに賛成したのはバンド内で岡(啓樹/ba)だけでしたから(笑)。もちろん「パズル」のほうが俺達にとっては大きなポイントだったんですけど、「ナナイロ」が先にあってこそ「パズル」が活きるわけだし、タイプの異なる2曲の資質を同時に抱えているのがwash?というバンドの本質ですからね。