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トップコラムおじさんの眼第229回「また世界一周船に乗ることになった」

29回「また世界一周船に乗ることになった」

第229回「また世界一周船に乗ることになった」

2017.08.01

再会

 「あなたは確かに人目を引く美しさがある」
 ふっと、私は独り言のように言葉を吐いた。暴風雨林に吹き込む砂風、海風の中で、私は胸いっぱいに息を吸い込む。遠くの江ノ島に明かりが入った。私はゆっくり振り返る。伊豆半島の上に富士山。真っ赤になった太陽が沈んでゆく。見事なサンセットだ。江の島が暗闇から静かに浮かび上がっている。
 世界一周船での出会いから1年、私たちは再び会って海を見ている。
 
 
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灯入る江ノ島
 

6月の風の強い日、彼女から電話が

「7月にちょっとした用があって東京に行きます。私の話し相手になってくれませんか」
「話し相手だけですか?」
「見てくれもこんなんだし、逢って嬉しいという人間じゃない。おばさんだし……」
 彼女は遠い九州から、なぜだか私に会いにやってきた。会うのはちょうど1年ぶりだ。
「私は68歳。年金生活をしています。そして、まだ結婚していません」
「結婚をしないのは何か特別な理由があるのですか? あれから新しい出会いでもありましたか」
 私は、白髪混じりでそれなりに年老いたように見える彼女を遠くに見上げた。
「特別だと思える男性に出会っていないからです......今はまだね」
 私たちはあたりが薄暗くなるまで海岸に立ち尽くしていた。
「これをやるために生まれてきた、と言えるものが何も見つからなかった私の人生。女として何の幸せもつかめなかった哀れな人生」
「バカな! そんなはずはない。それなら私の一生だってそんなもんです。急に、気がつくと若さから離れてしまっている自分に愕然とするんですよ。私がそこに発見するのは、ただ空っぽの人間です」
「平野さんは、私の退屈な日常生活に刺激を与えてくれた人です」
「私は今、全く無防備になっているのです。相当歳を取ったせいかもあるが、一人で部屋にいることは堪え難い。女の気持が欲しい。だから、こうやってあなたが会ってくれるのは嬉しい。言葉のやり取りだけじゃ嫌だ。それ以上の優しさが欲しくなっちゃう。酔っ払ってついふらふらとじゃない。気持ちが欲しい。やっぱり男と女は言葉だけじゃダメだと言うか......」
 ふっと私は不埒な考えに襲われた。歩きながら手を握れたらいいなと思った。抱き合うなんてそんな贅沢は考えていません。せめて手を握れたらどんなにいいだろう、キスなんて贅沢なことは言いません......。
 私はこの女性に惚れているのだろうか。弁解したかったが、やはり何も言えずにいた。
 
 
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江ノ島を見る

また船に乗ります

「まだ言っていなかったけど、僕は来月からまたあの世界一周船に乗ります。帰国は11月の末です。今回のテーマは、とにかく前回の北極航路では見られなかったオーロラを見ようと言うことなのですが、でもそれが本来の目的ではないのです」
「そうなの? また乗るの。また船上で平野さんの恋が始まるのね」
「まさか? もういいですよ。もうあんな事件は起きませんよ。あれこそ私にとって20数年ぶりの身も心も焦がす恋だったな。まさしくfall in loveでした。今や完全に過去のものになったけど。今頃、私の恋の相手はご主人とうまく暮らしているのだと思う。それでよかったんだ」
「そうね、1年前の平野さん、本当に〇〇さんとの恋にはまっていたわ。私がヤキモチを焼くくらい」
「やはりピースボートの航海は、自分にとって居心地が素晴らしく、何かを実現できる場所なんだと思うのです。本来の自己を生かす。自分を見つめる。ただ自分のために残された時間と日々を過ごす」
「平野さんはいつも海と音楽に抱かれているのね」
「やはり、私は海を見ているのが好きだから。あと何回航海できるかなって思うんですよ。これから毎年、お金と健康が許す限り1年に一回、110日間は船に乗って世界の7つの海を見て、6つの大陸とスエズ運河とパナマ運河を渡って、美味しい食事と、酒と音楽と南十字星の星空、そして徹底的に本を読みこもうもうと思っています。船には図書館もあるし。これでいい女がいたら申し分ないけど、そうもいかないと思う。さらにはできたら私小説を書こうと思っているんです。そしていずれ養老院にでも入るのが宿命であって、それで私の人生はきっと終わってゆくんです」
 
 
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夕日を見る船客
 

男はずるい存在

「私のことを心配してくださるの? 頑張らない私、あるがままに歳をとって行く私、なるようになっていく私、それでいいんです。でも、いつのまにかこんな歳になってしまったわ。「男はずるいんだ」「男は優しくすると図に乗る」「裏で絶対に悪さをしているのだから」「結局、女が損」って、私は小さい時から母親にいい聞かされてきた気がする」
「それはひどい偏見、トラウマだ」
「私、男の人に必要とされない人生から男を必要としない人生を送ってきたわ、この70年」
「それはすごい名言というか居直りだな」
 唐突に彼女は身を震わせ、投げやりに言った。彼女の長い髪が海風に激しく揺れた。
 

未来に属することは考えない

 何か今夜はしみじみと語りたくなった。湘南の海風が心地よい。
 老いる〜子供の頃70歳といえば老人を通り越して仙人のような感じがした。まさか、自分がその年まで生きようとは思いもしなかった。
「とにかく、江ノ島名物シラスを食べに行こう。今が旬だし、あとはビールと......」
 
 
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江ノ島のサンセット
 

TALK is LOFT
新宿ロフトプラスワン事件簿
平野 悠 著

四六判/並製/312ページ
定価:本体1,600円+税
ISBN978-4-907929-22-0 C0076
ロフトブックス 刊
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 1995年7月、世界初のトークライブハウスとして新宿にオープンした『ロフトプラスワン』。音楽、映画、文学、マンガ、アニメ、お笑い、アイドル、エロ、政治経済、社会問題など、ありとあらゆるテーマのトークイベントを20年以上にわたり開催し、“タブーなき言論空間”としてトークライブの文化を日本に定着させてきたサブカルチャーの総本山だ。
 そんなロフトプラスワンの黎明期に巻き起こったスキャンダラスな事件の数々を、創始者である「ロフト席亭」こと平野 悠が透徹した視点と筆致で自ら語り尽くした一大回想記。
 「新宿サブカル御殿」(中森明夫)、「オタクの聖地」(唐沢俊一)、「乱闘、襲撃酒場」(鈴木邦男)、「闘鶏場」(藤井良樹)、「文化のドブさらい」(リリー・フランキー)などと呼ばれ、そのテーマが面白そうなことなら有名無名にかかわらずどんな人にでも表現の場を提供し続けてきたロフトプラスワンはどんな経緯でオープンに至り、サブカルチャーの発信基地となっていったのか。波乱含みで筋書きのないトークライブの醍醐味とは何なのか。90年代の日本のサブカルチャーを語る上でも資料的価値の高い一冊。

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