さて前回、田舎の一バレエ少女だった私の過去の自分語りを綴っていたのですが、今回は真面目にその続きを書こうと思います。
大きいお友達はレオタードと聞くとすぐさまエロを連想させると思いますが、確かにレオタードはエロいです。なぜなら前回も申し上げましたが、ほぼ裸に近いというか、体のラインがもろに出るのでむしろ裸よりも恥ずかしい恰好かもしれません。
クラシック・バレエはレッスンの時にそういった恰好+残酷なまでに真実を映し出す全身鏡(厨二病風)で過ごしますので、必然的にその人のすべてが丸わかりになってしまいます。
なにがここで辛いのかというと、他人にも自分の評価が必然的に下されますし、自分自身も自分の欠点がハッキリと見えるので、まぁ病みます。
人間が生きていく上で一番しんどい作業というのが「自分自身と向き合うこと」だと常日頃から思っているのですが、鏡の前でごまかしのきかない似たような恰好で踊らされた日にゃ、自分の身の程というものを痛いくらいに思い知らされます。
私はスタイルは良かったものの、技術が圧倒的に周りのレッスン生よりも劣っていたので、踊ること自体が恥ずかしく、目立たないように、もっと言えば下手なのを隠せないのになんとか最小限にしようと思っていたため、余計に縮こまって踊っていたので本当に見苦しかったと思います。逃げも隠れもできない場に引っ張り出されたら、もうやるしかないと今では思えますが、当時はそんな場所に立っていてもなんとかしてここから逃げ出す手段を探していたんだなぁと自分の弱さに辟易すると同時に、それだけごまかすことに必死ならもっと頑張れよと言いたくなります。
レッスン場でそんなふうに日々悪あがきをしていた私に、同じクラスの生徒さんたちも嫌気がさしていたんでしょうね。私も嫌ですね、そんなやつ。生徒さんの中には本当にバレリーナになりたくて頑張っている子たちもたくさんいましたから。こんな中途半端な人間は一番イラつくでしょう。そのくせ先生方からはなぜか下手なのに贔屓される(スタイルを褒められるだけなのですが)からきっと面白くなかったことでしょう。
とうとう「あいつ調子に乗ってる」と因縁をつけられ、クラスから完全に孤立してしまうことになります。
しかしこれには小さなきっかけがありました。それまで仲良くしてくれていた生徒さんたちが急に私に対して手のひらを返してきたきっかけというのは、「私の技術力が上がった時」でした。
今になって思うと「こいつはいつまで経っても下手だからライバルにすらならない」という心理が働いていて仲良くさせてもらっていたんでしょうね、と思うのです。
勝手に想像するのが、ウサギとカメ的なものです。いつまでもノロいからと言って油断していたらいつの間にか追い抜かされていた、というアレ。下手なりにも週5の毎日のレッスンで少しずつですが技術力も上がってきていたのです。
全くできなかった難易度の高いポーズなどもいつの間にか下手なりについていけるようになり、先生からは次回の全国舞踊コンクールの予選に参加してみないか、と言ってもらえるようになり、挙句の果てにはその先生がコンクールで一番重要なのは技術ではなく、舞台に出てきた時に目を引くような華があるかどうかだ。たとえばそう、容子ちゃんのようにスタイルが良ければ審査員は出だしの数小節はちゃんと見てやろうかなという気になるんだよね、と審査員も務めていた先生に名指しで言われてしまったために(心の中では名指しやめてくれー! といつも思っていました)、生徒さんたちの反感を異様に買ってしまうことになりました。
そこで私自身も上手けりゃ堂々としていられたと思うのですが、当時の自己評価の低さはブラジルに到達しそうなほどだったので、褒められるたびにおどおどしていて、めちゃくちゃ目障りだったと思います。
それからは他にもいろいろ事件があって(いつか書きます)、完全にバレエ団から孤立してしまった私。唯一仲良くしてくれていた一つ年上のCちゃんも、いつの間にかそれとなく距離を置くようになっていました。Cちゃんまで…辛い…と当時は思ったものですが、ひょっとしたら陰であいつと仲良くするなとか言われていたのかもしれないし、彼女の中にも何かあったのかもしれない。
毎レッスン、一人で泣きながら帰っていました。みんなと帰り道にコンビニに寄ってアイスとか買い食いしていた頃が懐かしい。一人じゃコンビニに寄ってお菓子を買う勇気すらない、一人だとなんでも恥ずかしい。何にもできない私…と電車の中でも家に着くまでしくしく泣いていました(たまに大人の人たちに「どうしたの? 大丈夫?」と声をかけられていましたが、全力で走って逃げていたあの頃)。
いよいよ先生が見かねて、「容子ちゃんと一緒に帰ってあげなさい」とみんなに声をかけるもめちゃくちゃ険悪な空気になり、恥ずかしくて「いいんです! 私、一人で帰るの好きですから!」と叫んで泣きながら走ってレッスン場から逃げ帰った日のことは忘れません。どんなに無視されても、泣いてもレッスンは行っていました。学校にも居場所はない。バレエだけが唯一私がいても良い場所と思っていたので失いたくなかった。
だけど悪いことって立て続けに起きるのです。ついに体を故障してしまいます。
精神的にも追い詰められてもう限界…と思い、バレエをやめることを決意するのですが、あの時の絶望は一生忘れないだろうし、今でも昨日のことのように思い出せます。
私が初めて人生で経験した挫折。
嫌いだったレッスンも、いつの間にかバレエが大好きになってしまっていたことに気づき、取り返しのつかないことをしてしまったと生まれて初めて声をあげて泣きました。
それから私は何か始める時は、もう途中で逃げ出さないということを心ひそかに誓いました。音楽も何度もやめようと思ったけど、あの絶望をもう一度味わうなら、どんなにしんどい時があっても続ける覚悟は決まっています。