私はある日、未知の領域に足を踏み入れた。
それは、宝塚にある某美容整形外科。
アーバンギャルドのアの字もまだ知らなかった兵庫県時代の話でございます。
以前、この『バラ色の人生』でも触れた悶々期(人生に悶々とした感情を抱えていた、いわゆる黒歴史量産の時期ですね)のある日、私は自分の鼻に違和感を覚えました。
鼻にニキビができそうな痛みが走っていたからです。
まぁ、そのうちに治るだろうと薬を塗ったりして過ごしていたのですが、一向に治る気配がなく、それどころかズキズキと化膿して、いわゆる面疔になってしまいました。
こんなに化膿してしまったことは初めての経験で、ひょっとしたらもう二度と元の鼻の形に戻らないかも...! と不安になった私は、普通皮膚科に行くところを不安が先行するあまり自宅から程近い美容整形外科に駆け込みました。
「せ、先生...! ニキビが面疔になってしまったみたいで、こんなこと初めてでお薬を塗っても治らなくて、もう元の鼻の形に戻れないのですか...?」
「わっはっは(笑)。いや、そんなことないですよ(笑)。ちょっとバイ菌が入っちゃったみたいだね。少しメスで切って膿を出して、お薬を注射すれば数日で治るから、そんなに心配しないで大丈夫だよ(笑)」
良かった、整形手術をしなくても鼻は元の形に戻るんだ...と安心した私は、ビビリながらもメスで切って膿を出し、お薬を注射してもらい施術が終了しました。
お会計と飲み薬の処方をロビーで待っていた時、前方からフラフラと歩いてくる女の人がいました。その当時、季節は夏で、彼女はノースリーブのトップスにデニムのショートパンツという涼しげなファッションで「あいたたたたた...」と呟きながらフラフラと私の座っているソファの隣に腰掛けました。
私は治療後、鼻に大きなガーゼを付けていたので、これではまるで鼻を整形した子みたいだ...と恥ずかしい気持ちでソファに座っていたのですが、そのノースリーブの彼女は私を横目でチラッと見た後、
「どうしたん? 鼻」
と話しかけてきました。
えっ! と、まさか話しかけられると思ってなかった私は(しかも当時引き籠りがちだったので人と上手く話せなかった)、
「ファ!? あ、ええと、は、鼻に面疔ができてしまって、先生にメスで切って膿を出してもらって...」としどろもどろに答えました。
「ふーん、メスで切るとか大変やん、大丈夫? あー、いたたたた...」
と、またどこかを痛がっている様子だったので、「あ、あの、痛そうですけど、何をしたんですか?」と尋ねると、
「私? ああ、ワキの脱毛通ってんねんけど、めっちゃ痛いで。針を一本一本毛穴に刺してな、電気通して脱毛するらしいんやけど、ほんまめっちゃ痛いで。たとえるならワキをまゆ毛用のちっちゃいハサミで切られてるような痛みが続くんやけど」
「ええ〜!? それ、めっちゃ痛いじゃないですか」
「うん、めっちゃ痛いで。電気の脱毛はやめといたほうがええで(ここで私が会計に呼ばれる)。あ、順番来たみたいやで。それじゃ、鼻、早く良くなると良いね」
お会計を済ませて病院を出る時にペコッと彼女に向かって会釈をしたら、「バイバーイ! 鼻、御大事にね!」と脇を押さえながらブンブン手を振る彼女が見えました。
その後すぐに鼻も完治し、その女の人とはそれっきりですが、そうやって知らない人の容体を早く良くなりますようにと言える人になりたいなぁと思った出来事でした。