少女時代、家族で出かける時、普段は着ないような可愛らしい服を着ることがとても嬉しかった記憶があります。
特に覚えているのが、冬の記憶だけど白い大きな丸襟のついた黒のベロアのワンピースに、パールのボタンがついたピンクのフリルのカーディガン、足の両側面に黒い花の刺繍が縦に一本入った白いタイツに黒のエナメルのワンストラップシューズを履くのが当時のお気に入りコーディネートでした。何処かへお出かけする時、必ずそのピンクのフリルのカーディガンを着ていくと言って聞かなかったそうです。
こんな感じで今よりもはるかにお洒落だった幼少時代…美への好奇心は自分の意識からあり余るほどでした。現在女性である人は必ず女の子だった時代があるし、きっと同じ気持ちの人もたくさんいると信じていますが、少女時代、母が身支度する姿を見るのが好きでした。
母が鏡に向かって化粧をする姿は子ども心にとても興味深く魅惑的で、私も早くお化粧ができる年齢になりたいとさえ願っていました。お化粧する母の横でキラキラした目でその様子を見る自分、いや、そういう女の子ってとっても可愛く見えるだろうなぁと大人になった今思います。ほっこり。そんな私を見て母がたまにビューラー(男性は知らない人もいると思うので補足すると、まつ毛を上向きにカールさせる道具ですね)で私のまつげをカールしてくれたり、ほんのりピンクに色づくリップをつけてくれたり、ルースパウダー(いわゆるお粉です)をほんの少し顔にはたくだけで自分の顔が普段の100倍可愛く見えました。
「お化粧ってすごい! 私も早く大人になりたい!」
そして化粧品や化粧道具のビジュアルも、子ども心・女心に突き刺さるものがありました。パレットの上の色とりどりのアイシャドウやリップ、ファンデーションのコンパクト、化粧道具のフワフワのブラシはまさに魔法使いのステッキのように見えました。
ある日、学校から帰ると母は出かけていました(余談ですが、当時、家の鍵はポストに入れておきますだの植木鉢の下に置いてますっていうのはものすごく危険ですよね。私の地元は田舎だったので、家に人がいる時、寝る時間までは鍵を閉めていませんでした。今考えると恐ろしいけど、今が恐ろしいのか昔が恐ろしいのかは分かりません)。
テレビを見たりお菓子を食べたり、冷蔵庫から練乳のチューブを取り出して舐めたり、砂糖と塩を交互に舐めたりしながら母が帰ってくる時間まで自由気ままに過ごしていましたが、ハタと閃きました。
「母の化粧道具を使ってお化粧してみよう!」
早速メイク道具が仕舞ってある棚からコスメを取りだし、鏡を見ながらワクワクして母がやっているそれのように記憶をたどり、自分の顔に化粧を施してみました。
でもおかしなことに、全然可愛くならないのです。それもそのはず、どのコスメをどのような手順で使うかを分かっていなかったので、どんなに塗りたくっても綺麗にはなりません。おかしいなぁと鏡をまじまじ見ていると、外から家の車のエンジンの音がしました。
ヤバイ! と速攻でコスメを元の位置に戻し、なぜそうしたのか分からないのだけど、咄嗟にお手洗いに逃げました。別に叱られることはないのに、下手な化粧でブッサイクになった自分の顔を見られるのが恥ずかしかったのでしょうね。お腹が痛いから、とお手洗いにしばらくひきこもり、どうしよう、とトイレットペーパーで必死にメイクを落とし、でも全然落ちなくて、母が着替えている隙に洗面所に駆け込み、高速で顔を洗いました。
でもここで誤算が! メイク落としがないと化粧ってなかなか落ちないのです! そんなことも知らなかった私は水と石鹸で必死に顔を洗いましたが、もうダメ…とタオルで顔をごしごし拭きました。母が洗面所に来て、「容子、お腹痛いの大丈夫?」と尋ねてきた時にはほぼお化粧は落ちていましたが、アワアワと取り繕う私の手には口紅のついたタオルがしっかりと握られていて、それを見た母はすべてを察してふふふ、と少し笑ってキッチンへ行き、夕食の準備をし始めたのでした。