
亀川千代 with 田畑満 坂下光
『Cont. July 14, 2016 Session live at U.F.O. CLUB』
2026年4月7日(火)LP、CD同時発売
LP ¥4,800+税
CD ¥2,000+税
発売元:Captain Trip Records / Puan Label
Chiyo KAMEKAWA:Bass
Mitsuru TABATA:Guitar
Hikari SAKASHITA:Drums
Produced:Umeko KAMEKAWA
Recorded & Mixed:U.F.O. CLUB
Mastered:Soichiro NAKAMURA(PEACE MUSIC)
Art work:Keiko SAKAMOTO
Photo:Takehiko NAKAFUJI
Designed:Shuji UGIHARA
ゆらゆら帝国、The Starsの元ベーシストであり、それらのバンド解散後は灰野敬二率いる不失者、山崎春美率いるガセネタのメンバーとして活躍したことでも知られる亀川千代。彼の三回忌となる2026年4月7日、『Cont. July 14, 2016 Session live at U.F.O. CLUB』と題したライブ・アルバムがLPとCDの二形態で発売された。
タイトルにある通り、今から10年前の2016年7月14日に東高円寺のU.F.O. CLUBで行なわれた、ギターの田畑満、ドラムの坂下光とのスリーピースによる50分以上に及ぶ即興演奏を収録したものだ。
ミュージシャンの松谷健が代表を務める名門・Captain Trip Records、本作リリースのために発足されたPuan Labelが共同で原盤を制作し、LPを200枚、CDを300枚、それぞれ限定販売。西荻窪ぷあん店頭とU.F.O. CLUBの店頭及び通販サイト、Captain Trip Recordsの通販サイト、PEACE MUSICのレーベルであるPEDAL RECORDSの通販サイトのみで発売され、Amazonを始めとする大手通販サイトやCDショップでの取り扱いは一切なかったにもかかわらず、発売からほぼ1カ月で完売した。54歳で早逝した亀川がいまだ衰えぬ根強い人気と支持を誇る証明とも言えるだろう。
今のところストリーミング配信の予定もなく、すでに完売した作品について語るのは不届者による高値取引を目的とする転売行為を助長することになりかねないが、それでもこの『Cont.』というライブ作品についての所感を書き残すことをお許し願いたい。出過ぎた真似は百も承知だが、亀川が生きた証を後世に伝える本作を、遺族や友人たちがありったけの愛情を注いで完成に漕ぎ着けたアルバムをこうして語り継ぐことが自分なりの使命に思えてならないのである。
本作のプロデュースを務めたのは、亀川のパートナーであり、西荻窪にあるアジアのごはんとカレーのお店、ぷあんの店主である亀川淳子(私たちは日頃から“うめちゃん”と呼ぶ。本作でのクレジットは“Umeko KAMEKAWA”)。亀川が遺した数多のライブ音源の中から今回のテイクを厳選したのも、フィジカル作品として微に入り細に入りパッケージの拘りを貫いたのも彼女である。
うめちゃんとしては、まず何よりLPという形式で発売したかったそうで、亀川の参加したライブ音源を単体で残すなら、田畑、坂下とのセッションがいいと当初から考えていたという。当日のライブは詩的喚起力に富む素晴らしいものだったという記憶があり、リリースにあたってライブ音源を聴き直してもその印象は揺るぎないものだった。
のいづんずり、ボアダムス、ZENI GEVA、Acid Mothers Templeといった規格外のバンドで辣腕を振るい、日本のオルタナティヴ・ミュージックにおける嚆矢とも言うべきギタリスト、田畑満とは意外にもこの日がライブ初共演。4歳年上である田畑とはそれまでライブ会場で挨拶する程度の関係だったが、亀川は田畑のやっていたジャンクでヘヴィなサイケデリック・ロックバンド、LENINGRAD BLUES MACHINEを愛聴していた(亀川は大阪在住時にLENINGRAD〜のライブを観たこともあったという)。
一方、田畑も亀川のベース・プレイには一目置いていた。ぜひ一度セッションをしてみたいという田畑のリクエストに亀川が応え、田畑がその少し前に共演を果たしていた坂下を誘い、この2016年7月のセッションが実現した。
クウチュウ戦、BOMBORI、カネコアヤノ率いるkanekoayanoといったバンドでの活躍で知られる坂下は当時26歳で、田畑、亀川とは一回り以上下の世代。
ライブ当日はリハもなし、サウンドチェックもなし、事前の打ち合わせも世間話も皆無という異例ずくめ。田畑がステージでおもむろにギターを弾き始めた途端、押されたら出るしかないところてん式に三者三様のプレイを突きつけるほかない。予めの接触を極力排除して丁々発止の本番に挑むのは亀川と田畑にとってデフォルトだったのだろうが、坂下は登壇まで相当な重圧を感じていたのではないか。
ライブ・アルバムとして仕上げられた音源を聴いてみる。
嵐が吹き荒れる前の静寂、地を這う大蛇のようなうねりを感じる不穏な空気を切り裂くのはセッションの始まりから4分30秒を過ぎた辺りで、田畑がグッとペダルを踏み込み口火を切る。坂下がそれに呼応するも亀川は静観する。その場の気の周波数を掴み調子づく田畑のギターは実に雄弁だが、亀川はなおも抑揚を付けず淡々と低音を轟かせる。
先輩二人の動向を1ミリも見逃すまいとしていた坂下は徐々に自我を出し、美は乱調にありという言葉を体現するような田畑の奏でる音色にいざなわれるようにスネアを叩く音が激しくなる一途を辿る。そして気づく。錯綜しながらもアンサンブルが堅調なのは、ひとえに亀川が響かせる地鳴りのような重低音が屋台骨となり全体を支えているからこそだということを。
20分を過ぎた頃のギターとドラムの壮絶な音の殴り合い、待ったなしのパンチの応酬のさなかでも、亀川は冷静さを失わずに粒立った硬質な低音を弛みなく放射する。機銃掃射のように爆音を投下し続ける田畑と坂下が阿修羅の形相で鬼気迫るプレイを叩き付けても、亀川はまるで意に介さない。ように聞こえるが、実はそんなことはない。亀川は絶えず注視しながら田畑と坂下の音に寄り添い、余計な手出しをしないだけだ。そこに亀川の強烈なエゴは一切感じられない。何ならもっとベースの音を大きくしてほしいと感じるくらいだが、亀川は終始、他の二人を引き立てるにはこれで充分だと言わんばかりの音量と佇まいなのだ。
だが、それが亀川のベーシストとしての流儀であり、三つの力が釣り合う3ピースいうバンド形式を鑑みた上で、少し自分が引くくらいのバランスこそがこのバンドの黄金比であることを亀川はしっかりと見据えていたのではないか。
それを裏づけるエピソードがある。今回のライブ音源化にあたり、坂下がうめちゃんにこんな話をしたそうだ。当日のライブのさなか、やや走り気味だった坂下を亀川が一瞥したという。その際、「やりたいようにやっていいよ」「もっとやりたいことをやれば?」と亀川が言ってくれたように坂下は受け取った。このライブ音源を聴いた坂下は、亀川が中立の立場でバンドを俯瞰していたことをあらためて感じたとのことだ。
閑話休題。開始から33分を超えたところで火を吹くギターを合図に即興セッションは佳境を迎え、終盤へ突入する。美徳と悪徳、聖と邪といった相反するものが混濁したようなこのパートこそがバンドの真骨頂で、三者のプレーヤーとしての力量とセンスが三位一体となって得も言われぬ凄味を与える。いや、凄味を超えて神秘的ですらある。終局、残り7分あまりで坂下がリズムを変えてクライマックスを迎える頃には、このセッションでしか味わうことのできない陶酔と恍惚が混然と訪れる。51分40秒に及ぶ疾風怒濤のインプロヴィゼーションが最後に与えるのは途方もない余韻である。
この余韻は、マスタリングを務めたPEACE MUSICの中村宗一郎の手腕に負うところも大きいだろう。U.F.O. CLUBのミキサーによるライン録り音源にそれほど手を加えることはなかったそうだが、全体のバランスを整えるひと手間は亀川同様、俯瞰的な視点と的確なジャッジがないと務まるものではない。
結果的に亀川と坂下が対面したのはこの日限りで、亀川+田畑+坂下から成るスリーピースはこれが最初で最後となったのは残念だが、このセッションを通じて亀川と田畑は意気投合、プレイの波長が合うことを互いに感じ、その後の幾多もの共演へとつながる。亀川は自らリーダーとなってバンドを牽引する、あるいはセッションを組むタイプではなかったので、人と人の縁をつなぎ、積極的にライブのブッキングを組む田畑との出会いはまさに渡りに船だった。
その後の亀川のバンド活動において田畑が果たした功績は実に大きい。三上寛 with 田畑満+亀川千代+山本達久 名義のセッション(2017年3月)、山崎春美+乾純+亀川千代+田畑満によるガセネタの再結成(2018年)、田畑満+亀川千代のデュオ(2019年2月、2024年1月)、田畑のソロ作品『Get The Car』への亀川のベース参加(2019年4月)、亀川にとって最後のバンドとなった、どろんこ+亀川千代+田畑満+長谷川真子から成る冬苺(ろくすそるす)への参加(2019年)、森川誠一郎+田畑満+亀川千代+高橋幾郎という一夜限りのバンド(2023年8月)など枚挙にいとまがない。いずれも田畑が亀川を誘って実を結んだもので、田畑は亀川の晩年における最大の恩人と言って良いだろう。
ひとつ残念だったのは、亀川自身が構想した唯一のバンド結成が実現しなかったことだ。うめちゃんによると、WRENCHやABNORMALSなどの活動で知られるドラマーのMUROCHIN、田畑と三人で一緒にバンドをやりたいという意向が生前の亀川にはあったという。
MUROCHINとは、彼がTHINK TANK、SKUNK HEADSのMC/トラックメイカーであるBABAと組んだユニット、DOOOMBOYSの2ndアルバム『ALPHA & OMEGA』に亀川がゲスト参加し(2018年1月)、2回ほどライブ共演も実現している。他にも亀川千代+MUROCHIN+YASU名義で共演ライブを行なうなど(2017年7月)、MUROCHINのドラムとは相性が良かったようだ。
ゆらゆら帝国の解散以降、亀川が自らバンドを組みたいと意欲を示したのはそれが最初で最後だった。うめちゃんがその話を本人から聞いたのは2019年のことだったそうだが、当時は自身の病気のことなどもあり、あいにく実現しなかった。
そうした亀川の無念を晴らしたいという思いも、うめちゃんにはあったのではないかと感じる。
だからこそ、その代わりとはならないかもしれないが、この『Cont.』と題した愛情に溢れた作品が三周忌の節目に世に放たれたのではないだろうか。
素晴らしいのは音源ばかりではなく、アートワークもまた然りである。
ジャケットのポートレートは、初期のゆらゆら帝国を撮影していた写真家の中藤毅彦によるもので、本作のためだけにプリントされた未公開作品。背景は画家の坂本佳子による絵画で、原画を左右180°反転させている。
ジャケット内側の、口元を隠してほくそ笑む亀川の写真は、ゆらゆら帝国のメジャー・デビュー時から撮り続けてきた写真家である加藤仁史によるもの。2006年に台湾で行なわれた『大港開唱 MEGAPORT FESTIVAL』にゆらゆら帝国が出演したときの写真で、海外のライブでの亀川は愛用していたフェンダーUSAのジャズベースではなく、ギブソンのSGベースでもなく、軽量であるダンエレクトロのロングホーンベースを使うことが多かったという。
亀川と縁の深い面々が総力を挙げて完成させた本作が、亀川の紡いだ音楽が、彼の音楽をこよなく愛する人たちへしっかり届いたという事実もここに記しておきたい。
うめちゃんによると、本作を買い求めにぷあんへ来たのは、意外にも10代後半から20代前半の方々が多かったという。ゆらゆら帝国が解散した当時はまだ幼かった世代がYouTubeを通じて亀川の存在を知り、情報の波を乗り継いで本作のリリースに辿り着いて買いに来た。いったいどんな作品なのか、試聴することができないにもかかわらずだ(もちろんうめちゃんはちゃんと説明したそうだが)。
大掛かりな宣伝で人を呼び寄せるのではなく、作り手が本当に届いて欲しい人たちへ向けて情報を発信するという限定的な手法でこれだけの効果を得られたのだから、クチコミに似た広まり方は配信全盛の時代でもその効力を保ち続けていると言えるだろう。
なお、本作の『Cont.』というタイトルはうめちゃんの命名である。タイトルを付けるにあたり、まず“to be continued”(つづく)という言葉が浮かんだが、それだと長いので、省略形の“Cont'd”から“Cont.”にしたという。「このお話はまだ続きますよ」「この続きはまた今度ね」といったところだろうか。うめちゃんに限らず、私たちの心の中から亀川がいなくなったわけではないし、彼との付かず離れずの関係は今も変わらず続いている。まさに言い得て妙なタイトルではないか。
肉体は滅んでも魂そのものは不死であると説く哲学者がいたが、真理だと思う。亀川が遺した音楽は、この『Cont.』をわざわざぷあんまで買い求めた若い世代が続出したように、この先も新たなリスナーを獲得し続けるだろう。
そう、亀川の奏でる魅惑の低音は、その傑出した音楽は、これからもずっと生き続ける。彼が不世出のベーシストであり、類稀なる才能と感性を持つバンドマンだったことを、この『Cont.』のような作品を通じて若い世代が知るケースは今後ますます増えるはずだ。田畑いわく「寡黙だけど音で語る男」にとって、それが何よりの本望だったのではないかと、本作の内側ジャケットではにかむ亀川の写真を見ながら私は思うのだ。(Text:椎名宗之)














