音楽自体に限らず音質やジャケット・デザイン、ライナーノートなどに至るまで徹底した美意識を貫き通した浅川マキのような不世出のシンガーにはベスト・アルバムという形態は不相応な気もするし、CDの音質には終生懐疑的な姿勢を崩さなかった彼女なら発売自体を認めなかったかもしれない。だが、ゴスペルやジャズ、ブルースを基調とした圧倒的な訴求力を持つその歌声を後世に伝えるためにも、入門編的なベスト・アルバムはあって然るべきなのだと僕は思う。今年1月17日に急逝した浅川マキの2枚組ベスト・アルバム『Long Good-bye』は、DISC-1に若い世代を意識した彼女のスタンダード曲を、DISC-2に古参リスナーのことを考慮した貴重な音源(『DARKNESS』にも収録されていない楽曲やヴァージョン違いも含む)がそれぞれ収録されている。また、マスタリングも極力デジタル処理を避け、現存するマスターテープのアナログ的要素を最大限引き出すように工夫されているのも嬉しい。プロデューサーの寺本幸司の指揮の下、マネージャーを務めた関根有紀子と吉井広光、祇園のライヴハウス「PIGNOSE」のマスター・久場正憲という浅川マキと縁の深い人間が精選に精選を重ねて全32曲の選曲・構成を担っているのも信頼に足る布陣と言えるだろう。全編通して聴いて改めて感じるのは、自身の立脚点として満身創痍で歌と対峙し続けた唄い手としての凄みや世の動きにおもねらぬ佇まいだ。その真に迫る歌声は死してなお聴き手の感受性を豊かにしてくれる。(Rooftop編集局長:椎名宗之)