Rooftop ルーフトップ

REVIEW

トップレビューボブ・ディランの若き日々のドキュメンタリー。一人の青年の青春物語というフィクション。どちらの要素もあるティモシー・シャラメ主演作『名もなき者 / A COMPLETE UNKNOWN』

ボブ・ディランの若き日々のドキュメンタリー。一人の青年の青春物語というフィクション。どちらの要素もあるティモシー・シャラメ主演作『名もなき者 / A COMPLETE UNKNOWN』

2025.02.28   CULTURE | CD

映画『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』

【監督】ジェームズ・マンゴールド(『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』『フォード vs フェラーリ』)
【出演】ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートン、エル・ファニング、モニカ・バルバロ、ボイド・ホルブルック、ダン・フォグラー、ノーバート・レオ・バッツ、スクート・マクネイリー
【配給】ウォルト・ディズニー・ジャパン
【北米公開日】2024年12月25日
【原題】A COMPLETE UNKNOWN
©2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
【日本公開日】2025年2月28日(金)全国公開

メイン.jpg

 3月3日に行なわれる第97回アカデミー賞に、作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、助演女優賞など8部門ノミネートという話題作『名もなき者 / A COMPLETE UNKNOWN』。“生きる伝説”とも言われるボブ・ディランの1961年から1965年の若き日々を描いた映画だ。監督のジェームズ・マンゴールドは、本作にも登場するジョニー・キャッシュの半生をホアキン・フェニックスが演じた『ウォーク・ザ・ライン / 君につづく道』(2005年)の監督もしている。ボブ・ディランを演じたのは人気・実力ともトップレベルの若手、ティモシー・シャラメ。
 
 筆者は最初、睫毛の長い大きな瞳の美少年シャラメが若きボブ・ディランを? と驚いた。しかしシャラメがスクリーンに登場してそう時間がかからないうちに、もうボブ・ディランにしか見えなくなっていた。少年は青年になっていたし、大きな瞳は瞳そのものに表情があった。ボブ・ディランの、一点を見つめているような、または現実にはないものを見ているような、そんな視線をシャラメの瞳から感じ取れた。と同時にボブ・ディランであることを忘れてしまう瞬間もあった。『名もなき者 / A COMPLETE UNKNOWN』はボブ・ディランの若き日々のドキュメンタリー、一人の青年の青春物語というフィクション、どちらの要素もある。
 

サブ1.jpg

 故郷のミネソタからギターを持ち、ヒッチハイクでニューヨークに着いた青年。目的は難病で入院中の敬愛するウディ・ガスリーに会うこと。病室にはガスリーの友人、ピート・シーガーもいる。二人の偉大なフォークシンガーの前でガスリーのために作った曲を歌う青年、後のボブ・ディラン。若い才能を驚きと喜びで見つめるシーガー、ベッドに横たわるガスリーも驚きと喜び、それ以上の何かを感じていたかもしれない。新しい才能、終わりに向かいつつある才能。最初のシーンから泣ける。
 
 そのままシーガーは家にディランを泊める。温かい家、温かい家族。食卓からちょっと離れたソファでギターを爪弾くディラン。常にギターを弾いていたいのか、常にメロディが浮かぶのか、それとも温かさにいたたまれないのか。ギターを爪弾く場面は多い。現実の世界と音楽が流れ続けている頭の中の世界、二つの世界を同時に生きているようだ。
 

サブ2.jpg

 実際、ボブ・ディランは神秘的と言われる様々な面を持つアーティストだ。80才を超えた現在まで変化を恐れず、というより変化しないほうが恐ろしいと言わんばかりに変化し続け、それこそがボブ・ディランだと言わしめる存在だ。特にこの映画の60年代前半は社会も大きく変化していく時代。音楽の世界も変化していく。
 
 変化する社会だからこそ、これまで作り上げてきた民衆と共にあるフォークを守っていこうとするシーガーは、新しい才能ディランにフォークの扉を開いていく。マネージャーや業界関係者と出会い、既に人気のあったジョーン・バエズとはシンガー同士の信頼と愛情で結ばれていく(バエズの広い家の部屋でもディランはギターを爪弾いている)。もう一人、2ndアルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』のジャケットにディランと共に写っているスージー・ロトロは実名ではなくシルヴィという名で、実際そうであったようにディランのかけがえのない恋人として登場する。
 
 歌は仕事となり、恋人ができ、人気も出てきた。多くの人が求めるもの、自分がやりたいこと、社会で歌うべきこと……。葛藤、衝動、様々な感情を訴えるような、いや感情を捨て去ったような、シャラメの瞳。シャラメの個性なのか、ディランの個性なのか。ドキュメンタリーなのか、フィクションの物語なのか。スクリーンを見ながら不思議な感覚に陥るのもボブ・ディランという存在のせいだろう。
 

サブ3.jpg

 そして、かなり多く出てくる演奏シーンでスターであるボブ・ディランを見せつけられる。いや、ボブ・ディランの吹き替えがあるわけじゃない。シャラメ自身が歌い、ギター、ハーモニカ、全てをこなしている。ディランのあの声よりちょっと柔らかいが、それでもとても似ているし物真似ではない迫力がある。凄い。出演者も全員が吹き替えなし。シーガーを演じた名優エドワード・ノートンも、バエズを演じたモニカ・バルバロも、ジョニー・キャッシュを演じたボイド・ホルブルックも。
 
 葛藤を衝動に転化させ、衝動に確信を持ってロックを掴み取っていくディラン。失うものはあっても意志は変えられない。フォークを守っていこうとするシーガーを中心に開催されていた『ニューポート・フォーク・フェスティバル』でブーイングの中、エレキギターでロックを轟かすディラン。止めようとするスタッフ。止めようとするスタッフを払いのける若いPA。フェスティバルの関わる人々の思い、シルヴィとの愛、時代の変化、音楽の変化。そんな背景の中、ライブシーンはグイグイと迫りくる。
 

サブ4.jpg

 最後に差し掛かり、ディランは再びガスリーに会いに行く。フォークギターを持ってヒッチハイクでニューヨークに向かったディランにとって、温かい家を持つシーガーや広い家を持つバエズより、若い日々に日雇い労働者として放浪してきたガスリーが心の支柱だったのだろう。ロックを掴み取ったディランにガスリーは何を告げたのか。それはディランにしかわからない。
 
 ディランのマニアもきっと納得のノンフィクションのリアリティと、ディランを知らない人も入り込める物語性をも表現した、ジェームズ・マンゴールド監督、お見事!(Text:遠藤妙子
 

関連リンク

このアーティストの関連記事

CATEGORYカテゴリー

TAGタグ

RANKINGアクセスランキング

データを取得できませんでした

休刊のおしらせ
ロフトアーカイブス
復刻