今や日本におけるビートルズ研究の第一人者となった著述家であり編集者によるジョン・レノンの評伝。今年がビートルズの実質的な解散から50年、ジョンが凶弾に倒れて40年、生きていれば80歳だった節目の年ゆえに刊行されたと思しいが、日本人によるこうした本格評伝はビートルズではあってもソロになると類書は皆無だったのではないか。
多感な幼少期から音楽への目覚め、輝かしくも窮屈だったビートルズ時代、生涯のパートナーとなるオノ・ヨーコとの出会い、バンド脱退後に平和運動にのめり込みつつ徐々にアイデンティティを見失うソロ時代、息子のショーンが産まれて音楽活動を休止したハウスハズバンド時代、5年ぶりの音楽活動再開から1980年12月8日に起きた忌まわしい出来事に至るまで、その時期の要点を押さえながら40年という短すぎるジョンの生涯をテンポ良く追いかけていく。1995年のビートルズのアンソロジー・プロジェクト(=バーチャル再結成)実現に至った経緯など、21世紀となり20年が経過してもその影響力が一向に衰えることのないジョン・レノン現象とでも言うべきエピソードも巻末で紹介されているので、これからジョン・レノンを知ろうとする若い世代にはうってつけの評伝であり、底知れぬジョン・レノン沼の入口でナビゲートを頼むならこの一冊で充分だろう。
本書のポイントは大きく二つある。一つは“愛と平和の伝道者”的側面だけで語られるジョン・レノン像の打破。もう一つは今なおジョン・レノン現象を牽引するオノ・ヨーコの不当な評価に対する違和感を表すことだ。
前者については、「『ジョン=愛と平和の人』というイメージが圧倒的に強い。だが、それはあくまで一面的な見方だ。ジョンほど人間臭く、危なっかしく、内に狂気を秘めてる気分屋はいない」(P.134)という一文に尽きる。「Imagine」のように平和を訴える歌を切々と唄ったかと思えば、同じアルバムの「How Do You Sleep?」で盟友だったはずのポール・マッカートニーを徹底的にこき下ろすという平和とは程遠い行為を平気でしでかすのがジョン・レノンという人だ。表向きは皮肉屋だが人一倍繊細で一人では何もできず、だがバンドをやればリーダーとしてその才能を遺憾なく発揮し、ボーカリストとしてもリズムギタリストとしても一級であることを3分に満たないポップソングで証明する。ジャンキーで酒を飲むとただだらしのない面倒な人に成り下がるが、歌で伝えることや話しぶりは生まれながらの詩人である。そういう多角的な視点がなければジョン・レノンを面白がれないし、一面的な評価は彼を博物館に押し込めるだけになってしまう。
後者、オノ・ヨーコの存在については、ビートルズ活動時から今日に至るまで否定的な人たちが一定数いる。ぼく自身、彼女が『Season of Glass』のジャケットにジョンが撃たれたときの血染めのサングラスを使ったのを見て狂気の沙汰ではないかと思った。だがいま思えば、あれも表現者としての業なのだと理解を示すことができる。ジョンはヨーコに洗脳された、掌の上で躍らされていたと見る向きの気持ちも分からなくもないが、愛する女性のためなら身も心も捧げて行動を共にしまうその純粋さもまたジョンの魅力と言えるのではないか。個人的にはヨーコとの別居中にメイ・パンというヨーコがあてがった秘書と案の定恋仲になってしまうジョンの脇の甘さが憎めなくて好きだが。
それよりもヨーコという世界で一番有名な日本人を伴侶としたおかげで、ビートルズ解散後に来日したジョンが歌舞伎を鑑賞して涙を流したという話や、主夫に専念していた時期には毎年来日して軽井沢でバカンスを楽しんでいた話などには親近感が湧くし、日本とその文化を世界的なミュージシャンが身近なものと感じていたことがなんだか嬉しい。
本書の総括として著者も記している通り、ジョンが音楽のみならずあらゆる表現で一貫して発していたのは“YES”という肯定的精神である。その精神はヨーコとの出会いによって育まれたものだし、人種差別や経済格差、あるいはこのコロナ禍で人類が分断されつつある今こそ“NO”を“YES”に変える力と発想が重要なのではないか。ジョン・レノンが遺した歌やメッセージには不屈の“YES”が通底している。死後40年も経つのに彼の歌やメッセージの重要さが増しているのは残念なことだが、それは時代を超えて訴えかけてくるものが今なおあることの何よりの証左でもある。などと書くと、ジョンをまた退屈な聖人君子枠に押し込める恐れがあるのでこの辺にしておく。聖人君子とは程遠い世界屈指のロックンローラーの厄介だが憎めないキャラクター、波乱万丈にも程がある人生からぼくらが生きるヒントにできるものはありすぎるほどある。そのエッセンスを凝縮して後世に伝える絶好のテキストとして、本書は末長く読まれ継がれるだろう。(text:椎名宗之)