「ミュージック・ライフ大全」発売、「MUSIC LIFE CLUB 5周年」それぞれの記念として開催中のMUSIC LIFE展において、さる3月19日、フォトグラファー浅沼ワタルのトークショーが行なわれた。司会進行は元ミュージック・ライフ(以下ML)編集部員、赤尾美香。
もともとはモーターレースを撮りたくて1971年に渡英した浅沼は、ビートルズのカメラマンとして有名なデゾ・ホフマンの知己を得て音楽業界で知られるようになり、自ら取材パスを取り撮影したミュージシャンの写真をML編集部に送っていた。その後1975年、英国リッジ・ファームでのクイーンを訪ねた東郷かおる子編集長に同行したのがML初取材。
浅沼ワタル(以下、浅沼):音楽関係で、プロとしての撮影は71年9月のテン・イヤーズ・アフターとプロコル・ハルムのジョイント・コンサートが初めて。クイーンとはリッジ・ファームでの一日近い取材で、カメラに興味を持っていたブライアン・メイと電話番号を交換して、その数か月後「ボヘミアン・ラプソディ」のMVビデオの撮影現場に呼ばれて撮影しました。カメラマンは僕だけでした。それ以降仲良くなって、パーティやレコーディング・スタジオに誘われて撮影しました。
赤尾美香(以下、赤尾):それは彼らが日本に対して信頼してくれていたということですか?
浅沼:当時、彼らも日本に対して舞い上がっていて(笑)、その日本人がロンドンに住んでる──ということもあってか本当に良くしてくれました。
続いてクイーン同様、それ以上の関係が続いているザ・ポリスの話題に。ラミネートされた一週間前のステイング来日公演のVIPパスを首から下げ、当日の模様を。
浅沼:サウンド・チェックから入って、写真集「ザ・ゴールデン・イヤーズ・オブ・ブリティッシュ・ロック」を渡して、本の販促用のメッセージを書いてもらいました。
赤尾:ポリスとはどういう流れで知り合ったんですか?
浅沼:スチュワート・コープランドがカーヴド・エアにいた時に16mmフィルムで映像を撮ったことがあって、撮影に興味がある──というスチュワートと連絡先を交換してから。その後A&Mレコードから日本に紹介したいバンドがあるからと呼ばれて行った食事会にスチュワートがいて、“俺のバンドだよ”とポリスを紹介されたのが1978年、それ以来の付き合いです。
赤尾:1980年ポリスが来日した時にも同行されてます。
浅沼:ポリスはハワイでツアーをやってから日本にやって来て、僕がML編集部に行く…と言ったら、“じゃぁ俺たちも行く”って。着いたらすでに長谷部さんが撮影の準備をしていた(笑)、エ〜って思ったけど応接室に行ったら、はっぴコートとか色んなお土産を用意してくれていて、僕はそれらを8mmフィルムで撮って持ってます。ハワイから日本に入って京都までずっと撮影しました。
赤尾:これは私の勝手なイメージですけど、スティングって気難しそうな怖そうな感じ。
浅沼:ポリスの時代は気が立っていてインタビューは嫌いだった。スチュワートが一番喋って、その途中で“面白くないから”とスティングは退席。あとはスチュワートに預けちゃってる。写真は他の人には撮らせないけど “ワタルだったらいい”っていう許可をもらっていたので、意外とうまく取材はできたんです。今回もパスは貰って、スティング本人も“撮っていいよ”と言ってくれたにもかかわらず、<世界中で誰も撮ってないから>とイベンターが撮影許可を出さなくて。それでもニューヨークの事務所に連絡を入れて(現地は土曜日の夜中)、ようやくビデオ・カメラの後ろから撮っていいことになった。聞いたところによると、サウンド・チェックも含め全曲撮れるのは世界で僕だけらしいです。
赤尾:他のメンバーはどうですか?
浅沼:ポリスの面白いところは、3人のうち1人がOKを出すとOKなんです。カリブ海のモントセラト島でアルバム『ゴースト・イン・ザ・マシーン』をレコーディングしていた時も、アンディ・サマーズが“来れば”とマネージャーにチケットを手配させて呼んでくれた。そうそう、来日の度にスティングにはのど飴のトローチをあげてます、<サウンド・チェックの後、食事の後、ライブ前、ライブ終わりに舐める>と言って。おとなしく舐めてますよ、でも、実は彼が一番好きなのはフリスク(ミント風味の清涼菓子)で、ライブ5分前でも舐めてますね(笑)。
赤尾:他の2人は最近何をしてますか?
浅沼:しばらく会ってないなぁ〜とスティングは言ってましたけど、スチュワートはたまにライブには顔を出すそうで、楽屋では会ってるみたい。
※確か、アンディには全然会っていない、と言っていた気がします。
その後、浅沼はデュラン・デュランにモントセラト島を推薦。ディスコっぽい音楽を作れよ──とアドバイスしたとか。デュラン・デュランとの出会いは、彼らがEMIと契約した直後に写真を撮ることになり、たまたま取材でロンドンに来ていた東郷編集長と共にバーミンガムに飛んだ取材。彼らを見た東郷編集長はそこで火が点き、その後のMLとデュラン・デュランの歴史に繋がっていく。
最初のフォトセッションで新人の彼らに<写真の撮られ方>を伝授した浅沼さんには、メンバーからよく連絡が入り、バーミンガムからロンドンに来る時は常宿のホテルで一緒に食事をし、翌日のライブやTV局、ビデオ撮影にも付いて行き写真を撮ったというエピソードが紹介された。
さらにウイングスの『バック・トゥ・ジ・エッグ』発売記念のパーティの招待状と、そのパーティの模様をポールの奥様リンダ・マッカートニーとの会話を交えて紹介。
浅沼:リンダとは写真のつながりで距離が近くなって(リンダもカメラマン)、僕を見かけたら“今、旦那(ポール)を連れて来るから、ここで待ってて”って。でもポールは忙しいから、来たら握手をしてすぐに何処かへ行っちゃう。僕がオフィシャル・カメラマンで入っていた東京ドームのライブで、集合写真を撮った時も、リンダが “旦那を連れて来るから、ここで待ってて”って(笑)。
赤尾:ポールは1980年来日時にマリファナ不法所持で捕まって。
浅沼:あの後は色々と大変でした、一カ月後くらいに来日したポリスも全部の機材のパーツを外されて、検査で通関に凄く時間がかかった。
ザ・ゴールデン・イヤーズ・オブ・ブリティッシュ・ロック 浅沼ワタル写真集
A4判/224頁/定価:3,960円(税込)/発売中
会場内に展示されている浅沼さん撮影の写真にまつわる当時のエピソード。
雑誌「Jam」に掲載されたシド(ヴィシャス)&ナンシー(スパンゲン)の写真は、前日警察沙汰の事件を起こしたためかスタッフの立ち合いもなく、シドとナンシーだけがいるフラットでの撮影。シドだけを撮っていた浅沼さんにシドが怒りだす中、トイレ/バスルームに二人を入れ扉を背で塞いで撮影したもの。この後亡くなるシド&ナンシーの、世界で最後のキメ・カット写真となった。
他にもザ・クラッシュやジャパンのメンバーとの友人のような交流、ジェフ・ベック、ザ・ジャム、ガールといったアーティストの撮影エピソードが披露された。
赤尾:浅沼さんが音楽的に惹かれたアーティストは?
浅沼:ひとつ挙げるとしたらピンク・フロイド。ロンドンで住んでいたアパートにイエスとかピンク・フロイドが好きな奴がいて、彼の影響でピンク・フロイドを知って、EMIからレコードをもらってどんどん入っていった。
赤尾:ライブも撮られてますよね。
浅沼:パスがなかなかもらえなかったから、ピンク・フロイドの事務所に直接行って、マネージャーに直談判したんです。“パスを出して欲しい”って。そうしたら“お前、何者?”って(笑)。
赤尾:突然行ったんですか? 飛び込み営業。
浅沼:ボンド・ストリートという銀座みたいな場所にある綺麗なオフィスをノックして、出てきたマネージャーに “パスを出して欲しい”って言ってしばらく睨めっこ。1時間くらい経ってようやく“分かった”と相手が折れてパスを出してくれた。
赤尾:こんな写真を撮ってます──みたいなプロフィール資料とかは?
浅沼:なし。“俺はカメラマンで、写真を撮りたいからパスを出して欲しい”。
赤尾:カメラくらいは持って?
浅沼:何もなし。
赤尾:よくそれでいけましたね。
浅沼:結構それで、ピンク・フロイド、ユーライア・ヒープ、ジェフ・ベックの事務所も行きました。ジェフ・ベックはBB&A(ベッグ、ボガート&アピス)の後、凄く魅力を感じてた人だったので。マネージャーからは“お前、何者?”って言われたけど、“撮りたいからパスを出して”って。結局、粘り勝ちでパスを取りました。そういうことができた時代だったし、日本人のカメラマンって異色だったんじゃないですか、イギリス人だったら門前払いだろうけど。
赤尾:MLを持って売り込みとかはしなかったんですか?
浅沼:だんだん基盤ができてましたから。あ、そうそう、<ツー・ショット>って言われている、フレディ・マーキュリーが表紙になっているMLを持ったジミー・ペイジの写真。あれを撮った時は、たまたま日本から届いたばかりのMLを持っていたので、ジミーに “これを持って”とMLを渡したらOKと持ってくれた。
赤尾:フレディといえば競馬場の写真とか、浅沼さんは彼の笑った顔も色々と撮ってますよね。
浅沼:笑った顔で覚えてるのはP.I.Lのジョニー・ライドンの自宅に行った時。“写真を撮るんだけれど、君は笑えるの?”って訊いたら、“笑えるよ!”って笑ってくれた。
赤尾:普通、カメラマンは“笑って”って言うのに、珍らしいですよね、“笑えるの?”って。
浅沼:ストレートに言ったほうがいいんです。
面白かった撮影のひとつに挙げたのがエルトン・ジョン。彼のマネージメントのハウス・カメラマンをやっていたこともあり、エルトンがロシア公演を行う際、ビザを取るための写真が必要となり、ライブが終わってすぐに照明機材をセットして、本人、メンバーはもちろんスタッフ総勢40名以上のパスポートとビザの申請写真を急遽撮影した。他にもハロウィンの時、修道女の格好をしたエルトンがローカルのパブに行き、床に寝転んだり足を出したりのポーズをプライベートで撮ったが、これらは全てエルトンに渡して門外不出となっているとのこと。同様にフレディ・マーキュリーがプライベートで35歳のバースデー・パーティを船上で行なったものも撮影したが、これもフィルムを全部渡してお蔵入り。
赤尾:クイーンの撮影は日本公演が最後ですか?
浅沼:85年の武道館公演。僕はオフィシャルで入っていて、長谷部さんも撮ってるけど、ファンクラブの中で10人くらい当選した人とステージ前でグループ・ショットを撮った、あれが4人が揃ったグループ・ショットの最後かな。あまり時間がなかったからサッサと撮ってメンバーとは立ち話程度。
赤尾:あと、ローリング・ストーンズも撮ってらっしゃいますよね。
浅沼:(日本では)東京ドームで2回くらい。オフはミック・ジャガーのソロ・アルバムの記者会見を撮った。あと、コンサート前のバックステージのメンバーも撮ってるんですけど、それは表に出しちゃいけない写真。結構多いんですよ、撮らせるけど外に出すのはNGが。
赤尾:これだけたくさん撮られて、特に印象深いアーティストというと。
浅沼:やっぱりスティングかなぁ。一番良くしてくれてるので。
赤尾:現在進行形ですしね。
浅沼:マネージャーも“ワタルはどこの国でも、何をやっていようが顔パスで入っていいから”って言ってくれてるから。今のマネージャーは3人目。スチュワート・コープランドのお兄さんが初代で、次に広報を担当していた女性が2代目。今のマネージャーも以前はA&Mにいた人。
赤尾:アンディ・サマーズもそうですけど、ミュージシャンでカメラに興味を持つ人多いですよね、ブライアンもそうですし。
浅沼:ブライアン・アダムス。
赤尾:ブライアン・アダムスもそうなんですか?
浅沼:彼はVOGUEとかの表紙を撮ってるじゃないですか。凄く上手いですよ、アントン・コービンってオランダ人のロック・フォトグラファーに弟子入りみたいなことをしていて。だから写真が似てるんですよ、モノクロで。
赤尾:オシャレ系の。そうなんですね。VOGUEまで撮っていたとは。
最後に有名なエリック・クラプトンの『スロー・ハンド』のジャケットを飾った写真のエピソードが。元々はマネージメントからのオファーでニューカッスルでのライブ・ステージをカラーとモノクロで撮影したもの。撮影フィルムを届けた際に“モノクロはいらない、ワタルが持っていていい”と言われ、カラーだけを渡した。そうしたら何カ月か後に、アルバム・ジャケットに使用したいので許諾をくれと連絡が入り、どの写真をどう使ったかは知らなかったけれどOKを出した。そうしたら、カラーをモノクロにしてギターのネック部分をトリミングしたあのジャケットになっていた──。
赤尾:ジャケットになったのは嬉しかったですか?
浅沼:嬉しかったのと、営業になった。普通、顔とかが写るジャケットでギターと手だけというのは珍しくて、イギリスの業界でも皆んなびっくりしてた。それから結構仕事が来ましたよ。
赤尾:でも、正直なところ、ああいうふうに写真がトリミングされて使われるというのはカメラマン的にはどうだったんですか?
浅沼:何にも抵抗ないですね、どうぞどうぞ──です(笑)。写真は撮って現像したものを納品するだけなので、この写真はいいとか悪いとか、好きだとか考えたことがなくて。
赤尾:この写真集の中で好きな写真はないんですか?
浅沼:クイーンのビデオ撮影の時の写真はいいなぁと思います、後は表紙にデヴィッド・ボウイとミック・ロンソンの写真を選んでくれたのがいい。これも撮影が大変でした。僕はオフィシャルで2週間に一度BBCの番組「トップ・オブ・ザ・ポップス」の撮影に入っていて、デヴィッド・ボウイの時スタジオに行ったら、急に<写真撮影禁止>と言われたんです。それをBBCの広報担当の女性がマネージメントに交渉して、生放送の本番を一番後方の壁のところで撮るのならOKと許可を取ってくれました。僕は望遠レンズで、それでも少しずつ少しずつ前に行って撮りましたけど(笑)。
赤尾:この後発売される「ミュージック・ライフ大全」ではUKというコーナーを設けて、浅沼さんの写真をたくさん使わせていただいています。それでは時間となりましたので、これで終了させていただきます。本日はありがとうございました。
浅沼:ありがとうございました。
この後、浅沼のプチ・サイン会が行なわれた。
商品情報
ミュージック・ライフ大全
B5版/304頁/定価:2,800円(税込)/発売中
ISBN:978-4-401-65334-8
発行:シンコーミュージック・エンタテイメント