『新潮』8月号を完売させた、沢木耕太郎の9年ぶりのノンフィクション「天路の旅人」。今年を代表するこの記念碑的作品の、完結篇にあたる第二部470枚が、本日、8月5日(金)発売の月刊文芸誌『新潮』9月号に掲載される。
日本紀行文学の金字塔『深夜特急』で知られるノンフィクション作家・沢木耕太郎には、ここ四半世紀ずっと足跡を追い続けてきた旅人がいた。
その人の名前は西川一三(かずみ)。彼は、第二次世界大戦末期、日本の密偵(スパイ)として、中国大陸の最深部まで潜入した。蒙古人のラマ僧のふりをして、内蒙古からチベットまでほとんど徒歩でたどりついた頃に、日本は終戦。その後も、インド、ブータン、ネパールなどに旅を続けた彼は、逮捕され、日本に送還。旅はあしかけ8年に及んだ。
西川一三には、自身が執筆した著書『秘境西域八年の潜行』がありますが、沢木耕太郎は、実に7回もヒマラヤの峠を越えた超人的な旅人でありながら、帰国後は別の仕事について淡々と生きた西川の人柄やたたずまいに感銘を受け、西川一三という旅人の旅と人生を新たに描きなおそうと決意。
帰国後、GHQによる1年間の聞き取りがあったあと、出版のあてもなく記憶だけで『秘境西域八年の潜行』3,200枚を書き、その後、生きるために縁もゆかりもない盛岡で小さい会社を経営、元日以外の364日はひたすら働いていたという西川一三。
沢木氏、生前に1年間徹底的なインタビューを行ない、さらに、奇跡的に見つかった『秘境西域八年の潜行』の編集前生原稿と出会い、この作品を書き上げたという。
第一部を掲載した『新潮』8月号はたちまち完売。『新潮』9月号には完結篇にあたる第二部470枚が一挙掲載される。
本作は沢木にとって、『キャパの十字架』以来、9年ぶりの長篇ノンフィクションとなる。また、930枚は沢木のノンフィクションとしても最長の作品。今年を代表する一冊になるであろう、沢木耕太郎の大型ノンフィクションに注目だ。
沢木耕太郎 コメント
海図のような
ここ何年と、新型のウイルスの流行によって、外国を自由に旅することができなくなってしまった。私も、初めて取得した二十代のときから、これほどパスポートを使わない期間が長かったことはない。
しかし、実を言えば、 私はほとんど退屈していなかった。
ひとりの人物の旅を辿るため、書物上で、地図上で、あるいはグーグルアース上で、その足跡を追いつづけていたからだ。
第二次大戦末期、ひとりの日本の若者が、敵国である中国の、その大陸の奥深くまで潜入した。彼はラマ教の巡礼僧に扮した「密偵」だった。しかし、彼は日本が敗れたあともなおラマ僧に扮しつづけ、実に足掛け八年に及ぶ旅を続けることになった。
彼、西川一三の旅も長かったが、その彼を描こうとする私の旅も長かった。彼と最初に会ったときを発端とし、この『天路の旅人』が書き上がったときを終結とすれば、発端から終結まで実に二十五年もかかったことになる。
西川一三を書く。
だが、その西川が自らの旅について記した『秘境西域八年の潜行』という書物がありながら、あえて彼の旅を描こうとするのはなぜなのか。
私は、何度も、そう自問した。
そして、やがて、こう思うようになった。私が描きたいのは、西川一三の旅そのものではなく、その旅をした西川一三という旅人なのだ、と。
たぶん、ここにこのような人がいた、あるいはそのときこのような事があったという、その「人」や「事」に対する驚きが、ノンフィクションの書き手をひとつの作品の執筆に向かわせる最初の一蹴りになる。
この『天路の旅人』は、ここにこんな人がいたのかという驚きから出発して、その人はこのような人だったのかというもうひとつの驚きを生むことになった。
確かに『秘境西域八年の潜行』という書物は存在する。しかし、それはあまりにも長大すぎるため、最初から最後まで読み通すことのできた人がどれくらいいるかわからないほどだ。さらに、それを精読した人ということになると、かなり数は限られてくるだろう。
この『天路の旅人』が、『秘境西域八年の潜行』という深い森を歩くための磁石のような、あるいは広大な海を航海するための海図のようなものになってくれればとも思う。
──沢木耕太郎
▼沢木耕太郎「天路の旅人」の試し読みはこちら:https://ebook.shinchosha.co.jp/book/E054361/
商品情報
![](https://rooftop1976.com/news/8fb09842ce508d3134c8f52235f8faede0c902af.jpg)
『新潮』2022年9月号
【定価】1,200円(税込)
【発売日】2022年8月5日(金)