club SONIC iwakiに想いを馳せて
小さな頃、親友が南大沢に引っ越すと聞いた時は、本当に遠くへ行ってしまうような寂しさだった。
大人になった今振り返れば、電車でわずか49分の距離。だけど当時の私にとっては、世界の果てへ行ってしまうくらい遠く感じた。
47歳になり、気づけばずいぶん大人になった。
振り返れば、本当にいろいろなことがあった。
毎回ライブをやっていた高円寺2万ボルトがテナントの火災の影響で閉店し、祖母が亡くなり、家の前では不発弾が見つかって大騒ぎになった。そして大切な友人も二人、私より先に旅立ってしまった。
大人になるというのは、「もう戻れない場所」や「もう会えない人」が少しずつ増えていくことなのかもしれない。
そんな中、私たちが東京以上にライブをやった思い出の場所、「club SONIC iwaki」が閉店するという知らせが届いた。
その話はSNSで知ったわけではない。
店長の三ヶ田くんが、公表前に電話をくれた。
「柳沢さん、今は会津の音楽シーンが熱いんですよ。紹介したい人がいます。一緒に会津へ行きませんか?」
会津のシーンが熱いなんて初めて聞いた。戸惑っていると、三ヶ田くんが続けた。
「それとも、これ以上、人間関係を増やしたくないですか?」
その一言で決まった。
私は人生で一番大切してるのは人とのつながりだと思っている。
だから迷わず、「ぜひ行きましょう」と答えた。
自腹で新幹線に乗って郡山へ向かい、そこから三ヶ田くんの車で会津へ。
道中は、地方のライブハウスの厳しい現状や、「いわきの若いバンドの居場所をなくしたくない」という話を何度も聞いた。
会津では三ヶ田くんの紹介で地元の方と出会い、一人だけ気持ちよく酒を煽り、すっかり意気投合した。その縁は今でも続いていて、わざわざ新宿LOFTまでライブを観に来てくれる。
思えば、あの旅で得たものは、「会津の音楽シーンが本当に熱かったのか」という答えではなかった。というより、その答えは今でもよく分からない。
でも、一人の友人ができた。それだけで、会津まで行った意味は十分だった。
club SONIC iwakiには、本当にたくさんの思い出がある。
私は何度もあのステージに立ち、地元の格好いいバンドと出会うたび、「今度は東京で一緒にやろう」と声をかけてきた。新宿LOFTや下北沢SHELTERで再会できた夜は、自分のことのように嬉しかった。
誰かを引っ張り上げたいなんて気持ちはなかった。ただ、一緒にライブをやって、お互いの音楽人生が少しでも面白くなれば、それで十分だった。
2026年8月、私は小名浜の三崎公園野外音楽堂で開催される『ONA FES 2026』に出演する。
全国からライブハウスを愛するバンドマンたちが集まるイベントに出演できることを、本当に嬉しく思っている。
でも、あれだけ何度も通った「いわき」へ向かう理由が、SONICの閉店で一つなくなってしまうのは、やっぱり寂しい。
あの頃、親友が南大沢へ引っ越した時に感じた寂しさと、どこか似ている気がする。
ただ、三ヶ田くんやゴッちゃんみたいに、人をつないでいく人がいる限り、またどこかに新しいライブハウスができるかもしれない。できないかもしれない。
でも、人は残る。
だから、また誰かと出会って、またライブをやる。
そうやって、新しい居場所はできていくんだと思う。
──やなモン。(新宿LOFT店長 / ホワイトルーザー)















