PERSONZやfringe tritoneのギタリストとして知られる本田 毅がキャリア初となるソロ・アルバム『Effectric Guitar』を発表する。エレキギターとエフェクターを駆使して奏でられるインストゥルメンタルは流麗かつ耽美でありながら豪胆、色彩豊かに千変万化する様はさながら音の万華鏡。自身のルーツであるニューウェイヴやプログレ、ノイズといった多彩な要素を貪欲に呑み込みながらもそのどれにも当て嵌まらない独自の音世界は、エフェクティブに投下される揺らぎや残響が絶妙なスパイスとなってインフェクティブに昂揚をもたらす、まさに音の魔法だ。彼のキャリアを考えれば遅すぎたソロ・デビューだが、「早秀は晩成にしかず」という言葉もある。日本屈指の名ギタリストのこれまで秘められていた才能を今は手放しで喜び、煌びやかで豊潤な音色に身を委ねたい。(interview:椎名宗之)
幕の内のように飽きずに聴けるアルバムを
──『Effectric Guitar』と題されたソロ・プロジェクトは、3年前(2016年)の8月に大岡山のGoodstock Tokyoで行なわれたライブに端を発しているんですよね?
本田:正確に言うと、3年前の4月に神保町の楽器cafeで楽器展をやったのがきっかけだったんです。自分のギターやエフェクターを1週間展示して、ちょっとだけライブもやりまして。その楽器展に来てくれた人がすごく多くて、僕の楽器や機材に興味を持ってくれる人がこんなにもいるんだなというのが正直意外でしたね。
──その楽器展が後押ししてくれた部分があったと。
本田:楽器展でのライブのために作った楽曲があって、こんな感じの曲をもっと増やして改めてライブをやってみようと思って。それでGoodstock Tokyoを紹介していただいて、初めて自分のソロ・ライブをやってみたら、これも思いのほかお客さんが集まってくれたんです。
──チケットは発売1時間でソールドアウトしたそうですね。
本田:はい。こういうギター・インストを好きな人がけっこういるんだなと思って、そこから本格的にソロ・プロジェクトをスタートさせました。
──それまで一度もソロで作品を残そうとかライブをやってみようと思わなかったんですか。
本田:考えたこともなかったです。パーソンズにいた頃も考えなかったし、パーソンズを脱退した後はいろんなスタイルのバンドをやりたくていくつかチャレンジしていたし、他のアーティストのレコーディングやライブのサポートもありましたからね。そういうことに全力で取り組むと、自分の作品を作ろうなんて発想も時間もないんですよ。いろんなバンドやサポートに対してアイディアやエネルギーのすべてを注ぎ込むので、自分のギターだけで何かをやるという考えはまるでなかったですね。
──ソロを始めようとした際に模範とするようなギタリストはいましたか。
本田:以前からこの人のスタイルはいいなと思っていたのは、マイク・ケネリーというフランク・ザッパ・バンドの最後のギタリストですね。彼のソロ・アルバムにはいろんな音が入っていて、聴いていてすごく楽しい作品だったんです。ニューヨークで彼のライブも観て、このスタイルはやっぱりいいなと思って。ただ彼はギターも上手いし、歌も上手い。僕はそこまでできないけど、音の幕の内みたいな感じは飽きずに聴けていいなと思ったんです。自分でもそういう作品を作ってみたかった。
──ソロの楽曲はライブをやるごとに増やしていったんですか。
本田:楽器展から最初のライブをやるまでにすごい勢いで曲を書いて、一本のライブをやれるくらいの曲は作りました。それ以降はライブをやるごとに新しいことをやりたかったので、その都度増やしていきましたね。いまソロでやっている曲は全部で22、3曲ほどあります。
──今回発表される初のソロ・アルバムは、これまでライブで披露してきた楽曲の精鋭を集めた感じですか。
本田:そうですね。ライブでも特に印象的な曲を集めてみました。
──大元の話なんですが、ソロで使用するエフェクターはバンドとは違うものなんですか。
本田:違いますね。バンドで使うエフェクターはフットワークが軽く耐久性のあるものを使っていますが、ソロではラックの高機能なエフェクターにマニアックなコンパクト・エフェクターを多数加えて使っています。
──アルバムのタイトルにもなっているくらいですから、相当な数のエフェクターをレコーディングでも使用されているんですよね?
本田:数はそれなりにありますが、使用したエフェクターの種類自体はそんなになくて、少数精鋭でやっています。性能の良い新しい製品がどんどん出てきていますしね。たとえばパーソンズ時代にはそのころ最新鋭の1Uラックサイズのディレイを使っていましたが、最長で1秒くらいしかタイムがないし、それはもう使ってないです(笑)。今はエフェクターひとつでいろんな種類の音が出せますから。
ギターは叩いても擦っても音が出るもの
──「HARM ROCK」のようにストロング・スタイルのハードロックもあれば、「7th edges」のようにデジタルのニューウェイヴもあり、かと思えば「BRAHMA」のようにエスニックな楽曲もあり、「MOROCCAN BLUE」のように大陸感のある壮大な雰囲気の楽曲もあって、実に多種多彩でジャンル的に幅広い楽曲が数多く収録されているのが本作の特徴ですね。どの曲も際限まで簡潔にまとめられていて、何度も繰り返し聴けるのも特色かと。
本田:エフェクターを駆使して面白い音を出すのがひとつの主題なんですけど、それ以外に心がけたのはいろんなタイプの曲を作ることだったんです。ギターで奏でる手癖のメロディだけだとバリエーションが限られてくるので、たとえばインドを思わせるスケールを使ってみようとか、中近東っぽいメロディを作ってみようとか、自分のなかで縛りを作ってみたんですね。ひとつのモチーフが浮かんだら、そこからいろいろと広げていくのが面白いんじゃないかと思って。曲作りの最初の段階ではエフェクターはあまり関係なくて、開放弦を使ったリフやスケールといった弾き方ありきで始まっている曲が多いんですよ。
──バンドでやる曲とは曲作りの向き合い方も違うものなんですか。
本田:案外そうでもないですね。Aメロ→Bメロ→サビというバンドっぽい曲の作り方がどうしても染み込んでいるので、その予定調和な流れをどう壊すかを常に考えていますけど。
──実験的なアプローチはしつつも、プログレからニューウェイヴ、ノイズに至るまで、本田さんがリスナー時代に吸収した音楽がわりとダイレクトに反映されているような印象を受けましたが。
本田:特に前半にある曲は自分のルーツが反映されていますね。「7th edges」は自分の好きなニューウェイヴとかあの当時の雑多な感じをやりたかったし、「真紅」はプログレへのオマージュですし。その辺のルーツはわりと惜しみなく出したと言うか、どうしても出てしまうものなんです。
──以前、何かのインタビューで本田さんがギャング・オブ・フォーやアート・リンゼイが好きだったと話しているのを読んで、すごく意外だったんですよ。パーソンズの音楽性とはだいぶかけ離れているので。
本田:歌モノのロック・バンドのなかでどれだけヘンなギターを入れてぶち壊せるかとか、そういうのを僕はずっと考えてきたんですよ。その道具としてエフェクターがあったんです。エフェクターを使うとみんなハッと驚いてくれるし、シンプルな楽曲のなかにちょっとしたスパイスを入れられるのが面白いんです。ギャング・オブ・フォーやアート・リンゼイが好きだったのもギターが上手い下手じゃなくて、たとえばこのノイズをこのタイミングで入れるセンスがすごいなとか思ったからなんです。ギターの音自体がそれまで聴いたことのなかったもので、純粋に格好良かったのももちろんありますけど。
──ノイズと言えば、インタールード的に挿入されている「Ruins of factory」は壮絶なノイズ楽曲で、本田さんのパブリック・イメージを軽く覆すほどのインパクトがありますね。
本田:ノイズはその昔、教則ビデオとかではやっていたんですけどね。普通にギターの弾き方を教えて、最後におまけ的に「ギターは別に普通に弾かなくても、叩いても擦っても音は出るんだよ」みたいな。今回、そういうアイディアで曲と言うか効果音を作れないかなと思ってできたのが「Ruins of factory」なんです。
──本田さんのギターとプログラミングだけで構成されている「TECHFXX」はまるでバンドで演奏しているような躍動感があって、宅録感がないのが不思議ですね。
本田:オケとギターだけのライブを先にやっていたのもあるのかもしれませんね。ライブも最初は当たり前のように座ってやっていたんですけど、「TECHFXX」をやるとお客さんが手拍子をしてくれるんです。意外とノッてくれるんだなと思って、嬉しくて(笑)。それなら立って弾こうと思って、そうなると自然とグルーヴも変わるんですよね。打ち込みに対してギターをちょっとアヘッドに弾いてみようとか、ちょっとここは溜めて弾こうとか、バンドっぽい揺らぎがだんだん出てきたんです。だからレコーディングでも自然とそういうライブっぽさが出たんでしょうね。
──ライブは完全に一人でも作品はあくまで作品ということで、実弟である本田聡さんや佐々木謙さんのベース、齋藤篤生さんや田中一光さん、KAZIさんのドラムを楽曲ごとに迎え入れていますね。
本田:やっぱりバンド感が欲しかったので。自分でオケを作って打ち込んでいる時に「これは絶対に生のほうがいいよな」と思ったり。今回のレコーディングではみなさん期待以上のプレイをしてくれたので、曲が何十倍も良くなりました。
──ゲスト・ミュージシャンに渡したデモはかなり作り込んだものだったんですか。
本田:ライブで使っているオケを聴いてもらいましたが、僕はベースもドラムもそんなに難しいことはできないので、「あとはお任せします」みたいな感じでしたね。