90年代のオルタナティヴ/ヘヴィロック・シーンを駆け抜け、00年代以降はトランス/ダンスミュージックを血肉にしながら世界に例のない進化を遂げてきたWRENCHが、なんと12年ぶりのフルアルバム『Weak』をリリースした。圧倒的な生命力の塊がグツグツと煮えたぎり、錯綜するリズムの中を一気に突き抜けていく。この快感は今なお唯一無二である。今回久々に戻ってきた歌詞世界と、それでも変わらないWRENCHらしさについて、SHIGE(Vo/Synth)、坂元東(G)、松田知大(B)の3人に話を聞いた。[interview:石井恵梨子]
今の質感で詞を書いてみようと思った
──本当に久しぶりです。どうしたって、なんでこんなに空いたのかという話から始めることになるんですが。
松田:うーん……気づいたら時間が経ってた。
坂元:前のアルバムから12年か。まぁライブ・アルバム(「EDGE OF CHAOS reCONSTRUCTION」2011年発売)から9年……そっからが長かった。でもウチらはライブやってたので、そこまで、そんな活動休止的な感覚も全然なかったけど。
──もし活動休止と銘打ってたら「いよいよ復活!」ってざわつくぐらいの時間が流れてますよ。
SHIGE:12年っつったら、そうだよね(笑)。
松田:まぁでも止まってた感覚は全然ないかな。ライブは続けてたし。ただ、音源出すのが空いちゃったなぁっていう。
坂元:新曲も作るには作ってたけど、どこかから「出して欲しい」っていう話もなかったし。締切がないと仕上げをやらないっていう。
松田:だから録音しないまま消えていった曲、いっぱいある。
──その間、なんとなく停滞している気分もなかったですか。
SHIGE:全然ないね。ただ、ボツになった曲がすーごいある(笑)。
松田:うん。アルバムに向けた明確なスケジュールが出ないと、その間にできる新曲も、作ってはやらなくなり、あんま残っていかなくて。今回、録音してない新曲が10曲たまりましたってことではなくて、たまたまエイベックスから「アルバム出しましょう」って話をもらって、そこから作り始めた感じ。
SHIGE:うん、ここ2~3年の感じだよね。
松田:ただ、前の『Nitro』は自分の中ですごく達成感があって、あそこでバシッといいものができたから。だから次、久しぶりに出すならあれを超えなきゃいけないっていうプレッシャーはあった。あれより劣ってるものは出せないし。必然的にハードルは高かったかな。
坂元:あんまり同じこと繰り返したくないっていうのもあるしね。
SHIGE:そう。でも根本は変わってない。
──今回大きいのは、歌と、言葉が戻ってきたことで。
SHIGE:そうそう。昔、ミュージックマインから『WANDERING IN THE EMPTINES』っていうアルバムを出して(注:1997年発表)。今聴くとね、青二才の俺がパチンコ玉みたいな感じでバッキンバキンいってんだよね。あれ可愛いんだよ、俺が。
坂元:なんだそれ(笑)。
SHIGE:ほんと可愛い。それを超えたくてしょうがなくてね。でも全然超えられない。それで今の質感で詞を書いてみようと思ったら、もう最悪なことしか書けなくて。
──なぜですか?
SHIGE:俺が最悪だから。その最悪を正直に最悪と書いたら……ポロッと涙が出るわけよ。その連続でした。
坂元:なんか手元に熱燗がある感じで話してるよね(笑)。
──えっと……本気で言ってますよね?
SHIGE:そう、本気で言ってる。マジで死ぬかと思った。
──『WANDERING~』の頃の言語感覚に戻ろうとしたんですか。
SHIGE:や、戻れない戻れない。あの頃はあの頃だし。ただ、前のアルバムではけっこうインストゥルメンタルに近いことをやってたけど、でも歌詞が書きたくなった。単純にそういうこと。
──『Nitro』の頃の取材で、今は即効性を追求してるし、言葉の意味や物語性はどんどん排除されているという話になりましたね。
松田:うん。たぶん『Nitro』あたりはそういうのが一番ピークで。それはそれで面白いと思ってたけど。でも今回は事前にSHIGEから「歌いたい、言葉を入れたい」って言われてて、『Nitro』で一回できあがったスタイルをまた崩すことに不安はあって。SHIGEの歌詞って『WANDERING~』あたりはすごく詩的な要素が強くて、俺はすごく好きだったんだけど。でもそれ以降は意味というより音の響きを重視する感じになっていって……どっちかと言うとパーティー野郎みたいな。
坂元:ははは! パーティー野郎!
SHIGE:パーティー野郎だったねぇ(笑)。まぁ出し尽くしちゃったからね、『WANDERING~』で。
松田:だから、今また歌詞を書きたいって言われると若干不安で(笑)。どんなのが出てくんのかなって思ってた。でも出てきたらすごく良かったから、あぁすごくいいねって思えたんだけど。
──確かに、こんなWRENCH久々だなって感じます。あと、歌詞を書いたら最悪なことばかり出てきたっていうのは?
SHIGE:……歌詞を書くってことは、やっぱり正直じゃないといけないじゃない。伝えるとかは別にどうでもよくて、表現したいだけだから。もちろんリズムに乗せる言葉の遊びとかもあるけど、でも質を取ると、最悪なことばっかりになってしまう。
松田:まぁ最悪なことが続いたタイミングだったからね。
坂元:ネガティヴパワーがすごかった。
SHIGE:こうやって喋ると違うんだけどね。でも書くと内省になる。『Weak』(=弱い)ってタイトルもね。
松田:今まで『Temple of Rock』とか『NITRO』とか、わりと力強いタイトルを付けてきたけど、今回「え、突然『Weak』なの?」みたいな(笑)。
坂元:「突然弱ぇなぁ!」って(笑)。
SHIGE:でも「いい」って言ったじゃん!
松田:いや、最初に聞いたときは一瞬そう思ったの。でも面白いなぁと思って。上がってくる歌詞を見ても、SHIGEのこれまでのいろいろを知ってるウチらからすれば、あぁ今のSHIGEから出てきた『Weak』なのかって、変な納得感はあった。
SHIGE:うん、ズタボロから来るパワーを求めてたんだと思う。
──最悪でズタボロっていうのは、完全にプライベートな出来事ですか。
SHIGE:そうです。載せられない。でも俺マジで30回くらい泣いたもん、自分の歌詞で。それでいいと思う。自分が泣けりゃあいいんだよね。
──その発言だけかいつまむと、もっと暗い、アコースティック爪弾きながらボソボソ歌ってるような作品をイメージしそうになります。
SHIGE:(真顔で)そんな人間に見えますか?
一同:ははははははははは!
SHIGE:いやいや、そこはまた別。でも歌詞の世界と曲も合ってるとは思う。
松田:コード感とかね、今までより若干マイナーなものが多いのかな。
坂元:あとリズムがねじれた感じになる曲が多いから。そういう世界観が歌詞とマッチしたところもあるかもしれない。
SHIGE:そうだね。もはや諦めたね、自分というものを。うーん……なんか俺、今回は説明できないです。書いたものがすべてなんで。これを脚色してまた説明しようと思っても無理だな。
どういう方法論で曲を爆発させるか、音楽を爆発させていくか
──そんな心境で、なぜSHIGEさんはこれだけ叫べるんですか?
SHIGE:……叫べる?
──たとえば「Nothing」の〈おれにはもはやなんにもない〉って歌詞も、言い方によっては100%の虚無ですよね。これだけのエネルギーを使って、全力で叫べるのはなぜなのかなって。
SHIGE:そこは書いてる通りだと思うんだけど。ただやっぱり……途方もなくでっかいことをしたい気持ちもあって、そのテンションは入ってるからね。ドッカーン! っていうのも求めてる。
坂元:ちょうどこの「Nothing」を録ってるときSHIGEの横にいたんだけど、歌ってるときの迫力が凄くて。「あぁ今SHIGEこんな感じなんだなぁ……」って、なんとも言えない説得力があった。
──すごい歌詞、すごい歌唱だと思います。なんにもないっていう心境でこれだけ叫べる人がいるんだ、って。
SHIGE:うん……気持ちいいよ? 〈なんにもなーい!〉って叫ぶと(笑)。そこに俺は快感を求めてるかもしんないね。うまく説明できないけど。
松田:でも虚無って、そういうエネルギーがあるものじゃないかな。もう怒りから出てくるものとか、若い衝動があるわけじゃないし。でも虚無だけはいっぱい持ってるんで。
──いっぱい持ってますか(笑)。それを歌にすることで、浄化される?
SHIGE:うーん、浄化っていう言葉は考えてなかったけど……そうかもね。歌うことで、曝け出すことで浄化される。うん、そうだわ。そのパワーを感じ取って欲しいし、ほんと俺のプラベートなことでも、これだけ一生懸命歌うことで何か「おっ?」って感じ取ってくれれば、それでいい。
松田:このジャケットも、弱さを表現するヴィジュアルを俺はずーっと考えてて。SHIGEのここ数年の状態も知ってたし、そこにこの歌詞が来たときに「あぁ、今回のSHIGEの歌詞は懺悔なんだな」と思って。だから、もっかい言葉を出したいっていうところから(ジャケットの)タイプライターがまず来て、内と外というか、自己と他者みたいなものを窓で表現して。で、窓の外にいるのがアポロン、芸術の神なんですよ。そこにSHIGEは懺悔をしているっていう。
SHIGE:オッケーオッケー。うん、懺悔だね。ちょっと心をえぐりたかったっていうか、そういう言葉の連続。それぐらい強烈なものを書きたかった。俺の中では理由はそれだけかな。えぐりたかったんですよ。
──そういうテーマを受けて、曲の作り方は変わってきますか。
松田:いや、そこはまた違うかな。作ってるときは具体的な歌詞がまだわからなかったりするし。曲は曲で、今の4人がやりたいことを入れていって、みんなでこねくり回す感じ。ただ、歌が入るっていうのは大きく影響していて。今までギター、ベース、ドラムとシンセっていう構成だったけど、歌うとシンセの操作はできなくなる。シンセが薄くなったぶん歌が入ってくるし、そうなると楽曲の骨組みが歌中心になっていくのかな。
坂元:そうだね。シンセがある曲は違うけど、シンセがないことを前提とする曲だと、ギターもリフ中じゃなくて上ものの世界を表現するとか。そういうのは変わったと思う。
松田:細かいところはみんなで話し合って、その場で詰めていく。でも要は熱い曲になればいい、どっかで爆発したい、っていうのはあるから。そこに向けてどういう展開にするのか、そこを今回すごく丁寧にやった気がする。
──テーマが何であれ、爆発力を求めるのは変わらない?
坂元:そこがWRENCHの変わらないとこじゃない? どういう方法論で曲を爆発させるか、音楽を爆発させていくか。それは根本のテーマにあると思う。
松田:結成当初からずっとやってきたことで。あとは、サイケデリック感っていうのもずっとテーマにあるかな。ドローン的なサイケデリックじゃなくて、もっとアッパーなもの。
坂元:トランス感というと言葉が違うかもしれないけど。熱狂ですね。そこはずっと共通してると思う。みんなの中にも、そこはWRENCHの根本だって気持ちがあるだろうし。グツグツとして、それでいて熱狂してる。
──わかります。出口のない曼荼羅みたいなものに陶酔するんじゃなくて、力強く突き抜けていく瞬間の熱狂。
坂元:そう。そっちです。ウネウネしながらも突き抜けていく。
──だから、いくらタイトルが『Weak』でも、聴いていて全然心が弱くならない。
SHIGE:うん、俺もそう思う(笑)。
坂元:SHIGEのキャラもあるんじゃない? いろいろ大変だなぁっていう出来事があっても全然悲しそうじゃない(笑)。SHIGEの声が乗るとそうなる、っていう部分も大きいと思う。
SHIGE:この4人でしか出せない世界観みたいなのがすでにあるからね。
──悲しみや暗さは意図的に排除してます? ヘヴィだけど落ち込まないですよね、WRENCHの音は。
松田:そこはWRENCHで表現したいポイントじゃないんだろうね。もっと熱狂とか、熱さっていうところになっちゃう。もちろん暗さは実際にあると思う。泣きながら走ってるみたいな感覚。
──ただ、それがわかりやすい泣きメロの歌としては出てこない。
松田:そう。エモーショナルって言われるバンドは周りにいっぱいいて、そういうエモーションや熱さは自分たちも表現したいんだけど。その方法論が違うんだと思う。なんかマイナーなコードで泣きの感覚を出すっていうのは、やりたいとは全然思わなくて。
SHIGE:うん。簡単になっちゃいけねぇ。
松田:でも、泣いてると思う。熱くこみ上げるものって絶対あるし。
坂元:泣きと、あと暗黒感みたいなものは大切にしてますね。それを持ったままアッパーになりたいのがWRENCHっていうか。
松田:それをずっと続けてきて、その頂点に『Nitro』があったから。あれの次を作ろうと思ったときに、また全然違う方法論でやろうとしても無理で。やっぱり『Nitro』の延長上で、あれをさらに突き詰めたものをやろうって。それで今回作った感じですね。まぁ2年くらいこのアルバムに集中してたし、よく練り込まれたものになったなとは思ってる。
SHIGE:だって「これが最後だよ?」ってよく言ってたもんね。
松田:そう。「これが最後のアルバムになるかもしれない」って言ってた。
──けっこうリアルに想像できる感じ?
松田:そうですね。年齢的にも、これが12年ぶりのアルバムで、次に12年空いたら……もうほんとに誰か死んでるかもしれない。やっぱり「もう一回アルバム作りたい」っていう衝動はすごくあって。それは完全に、もう後がないから、っていう意味の衝動なんですよ。
坂元:年取るにつれて時間の流れが明らかに早くなるじゃないですか。ちょっとボーッとしてると5年なんてあっという間で。次にもう1枚出そうと思っても、たぶん絶対5年以上かかると思うし。そうなるともう、おそらくそれがほんとに最後だろうし。だから今回も「これが最後になるかもしれない」ぐらいのつもりで。
SHIGE:うん、俺も思った。これラストだって。ほんとに揉めるだけ揉めて「二度とこいつらと曲作んねぇからな!」って(笑)。
松田:練ってるときはね。「もうこんなの二度とやらない!」って(笑)。
SHIGE:「もういい、もう嫌だ!」って(笑)。
松田:や、ほんと大変なんですよ、4人でアルバムを作るっていう作業が。
──毎回言ってますよね。合議制だから個人の意見がなかなか通らないと。
松田:久々だったからその感覚を忘れてて。作り始めてからしばらく経って「うわぁ……この感じだった!」みたいな。
坂元:はははは。松っちゃんに言われたくない(笑)。
SHIGE:ほんとそう(笑)。でも打ち上げ大好きでよく行くんだよね。
松田:いや、だって終わったら全部帳消しだもん。
坂元:それが長く続いてる理由じゃないですかね。後腐れがないというか。言いたいこと言いまくってて、普通は人間関係が壊れるじゃないですか。それがない。
──スタジオでは喧嘩寸前みたいな?
松田:もう全然喧嘩。
SHIGE:殴り合うわけじゃないけど。『朝まで生テレビ』みたいになる。
松田:4人とも意見があって、お互い「自分はこういうのがやりたい」「こっちのほうが格好いい」っていうのを言い合って。まぁ険悪にはなるんだけど。
坂元:その険悪さがあんまり続かない。スタジオ出たら……。
松田:「飲みに行こっか?」。
SHIGE:そんで「カンパーイ!」。
坂元:「お疲れお疲れ~!」。……アホだなこいつら、っていう(笑)。
幸か不幸か所属するジャンルがない
──相変わらず仲良しで(笑)。でも、「これが最後かもしれない」ってリアルに感じたとき、制作に取り組む気持ちって変わりますか。
SHIGE:うーん、でもそういう変な気持ちは入れたくなかったな。今のままをやるほうがグルーヴは出るだろうし。あんまりかしこまりたくない。
──それこそ、WRENCHの歴史をすべて詰め込もうと気負ってしまう。
松田:そういうのはいらなかった。現在進行系のことをやろうと。
坂元:そういうこと考え始めたら動けなくなる(笑)。さらに10年かかる。
──ただ、私は今作をまさに集大成だと思ったんですね。この反応って褒め言葉になります? それとも意外な意見なのか。
坂元:意外でもあるし……でも嬉しいのは嬉しいですね。そうやって言われるのは。
SHIGE:ウチらっぽいんだなぁっていう、それは自分でも思った。これこそが集大成だとは思わないけど、作ったあとでフッと「うわ、すげぇWRENCHっぽいなぁ」って思うことあったし。
松田:まぁ他にいないからね、こういうバンド。所属するジャンルがない。幸か不幸かわかんないけど(笑)。今回も自分で聴いてみて、ジャンルがないなって思った。それは面白いんだけど……活動しづらいよね?
──ははははは! 今さら言います?
松田:いや、今さらなんだけど(笑)。でも、すごくライブは誘ってもらってるから。この12年の間もいろんなところからオファーをもらって、ライブだけは続けていけたから。それはすごくありがたいなと思う。
──わかりました。ただ、これが最後って言われると嫌なので改めて確認しますけど……バンドはこれからも続きますよね?
坂元:いや、続くし、次も出したいですよ?
SHIGE:ていうか、12年ぶりにアルバム出してすぐ解散はしないでしょう!
一同:ははははははははは!
松田:まぁライブが一番メインだからね。ここまでも止まらなかったのはライブがあったからで。作品出るのはまた長くなるかもしれないけど、ライブはずーっとやってるから。それで続いてくと思います。