「水玉病」の対比としての「大人病」
──なるほど。もうひとつの浜崎さんの作曲である「大人病」もメロウで洗練された雰囲気の名曲ですが、『少女は二度死ぬ』の「水玉病」との対比として収録されたんですか。
松永:それもあります。「大人病」の歌詞は基本的に僕が書いているんですけど、歌詞のクレジットに浜崎さんの名前も入っているんです。というのも、浜崎さんのなかで「こういう曲にしたい」というインスピレーションが強くあったんですよ。
浜崎:「大人病」というタイトルでよろしくと言われて曲づくりをしたんですが、最初に天馬さんが持ってきた歌詞が自分の考えていた「大人病」とだいぶかけ離れていたんです。それで「私の考える『大人病』ってこんな感じなんだけど…」と自分なりに歌詞を書いて提出したんですね。
──「ふりかえってみれば 青春と呼ばれるの 大人病」という歌詞を読むと、浜崎さんに本誌で連載していただいているコラム『バラ色の人生』の第61回「我が愛しき青春の黒歴史」の内容を思わず想起してしまいますね。
浜崎:あのコラムも当初のテーマから離れて、うさんくさいセミナーのような自己啓発っぽい内容になっちゃってますよね(笑)。そこでも以前書いたんですけど、アーバンギャルドみたいな音楽を聴いている人たちは特に、10代や20代の前半のころはサブカルやアングラといった変わってるものを好むことがステイタスだったりすると思うんですよ。それがいつしかすごく恥ずかしく思えて、自ら黒歴史にしてしまうことがあるじゃないですか。いまアーバンギャルドから離れている人たちはひょっとしたらそんな気持ちでいるのかもしれない。だけどふとした瞬間にもう一度聴いてみたら、やっぱり好きだわと感じることもあるんじゃないかと思って。そういう気持ちを「大人病」では表現したかったんです。真っ黒に汚れた黒歴史を超えて振り返ったときにその黒歴史のことも愛おしく思えるときが来るというか。
松永:直木賞受賞作家である辻村深月さんの『オーダーメイド殺人クラブ』という小説があって、それは辻村さんご本人から「アーバンギャルドも聴きながら書き上げました」と言っていただけた作品なんです。中2病の女の子が主人公で、クラスメイトの男の子に私を殺してくれと頼むんですよ。自分の死体っぽい写真を撮ってと男の子に言って、コスプレスタジオに行って撮影してみたり。そのなかで女の子が自分が大人になったと感じた瞬間に「今日から余生だ」とつぶやくシーンがあって。この曲を書く上で、そのイメージがあったかもしれない。アーバンギャルドをずっと聴いてくれてきた女の子たちは10代から20代、30代以上の大人になり、結局は自殺もできなかったし、死ねなかったかもしれないけど、その思い出も温かいものなんだよ、というか……。
浜崎:黒歴史って過去を一度死滅させて、まるでなかったことにするじゃないですか。その意味では「インターネット葬」と同じく、自分が一度は死んだことになるんですよね。だけどいつかは復活することもある。
松永:「大人病」には浜崎さんのこじらせ感がよく出てますね。僕が最初に書いた歌詞はわりとマイルドな表現だったんだけど、浜崎さんが持ってきた歌詞はバンド名などなど、具体的な名称がたくさん出ていたんですよ(笑)。
浜崎:あれもこれも聴いていたけど、いま思うとかなり恥ずかしいみたいな歌詞だったんです。
おおくぼ:天馬くんのほうがマイルドになってるってすごいことだよね(笑)。
──瀬々さんの「鉄屑鉄男」は「箱男に訊け」の続編といったところですか。
瀬々:アーバンギャルドのアルバムに1曲は必ずメタルの曲がことごとく入っていて、今回もその流れを汲んでみたんです。「箱男に訊け」のノリに近い感じではあるんですけど、今回のテーマはインダストリアルなんですよ。BPMも速いしメタルなんだけど、インダストリアルの要素がある。
松永:塚本晋也監督の『鉄男』みたいな曲をやろうよと瀬々さんに投げたら、「それならインダストリアルだね!」って言われて(笑)。瀬々さんがつくったメタル・サウンドに対して、おおくぼさんがインダストリアルの要素を加えたのかな。
瀬々:インダストリアルの音が僕の手元になくて、いいアイディアがなかったのでおおくぼさんにお願いしたら、シンセで一からつくってきてくれたんですよ。これは面白い! と思って、こっちでパズルみたいに好きなだけ貼りつけていきました。
おおくぼ:いまはそういうサンプルもあるんですけど、せっかくだから自分でつくってみようと思って。
浜崎:今回はほとんどのアレンジをおおくぼさんが手がけているんですけど、一からつくった音ばかりなんですよね。
松永:「鉄屑鉄男」の歌詞について言えば、現代人の思考はハードディスクのようにどんどん機械化しているけど、機械といっても鉄のように強くはなく、むしろものすごく脆いものだというイメージですね。iPhoneを落としたら簡単に液晶画面が割れて、いともたやすく不自由になってしまうように。そんなあまりにも脆い自分の体を鋼鉄にしたいという。
浜崎:「鉄屑鉄男」はそこはかとなくP-MODELなんですよ。
おおくぼ:そう、「トーキョー・キッド」が初期のP-MODELで、「鉄屑鉄男」は90年代以降のP-MODELを意識してるんです。
瀬々:あの音使いはそうだね。土台がメタルなのに、上に乗ってるシンセがP-MODEL。
おおくぼ:メタルにシンセをどう乗っけるか、毎回悩むんですよ。ピアノを乗せちゃうと筋少みたいになっちゃうし。
瀬々:だから今回は「筋少にしない」っていうのがキーワードとしてありましたね(笑)。
松永:コーラスワークもこれまで挑戦したことのない、新しいものになりましたね。