billionのボーカルはあくまでも南野信吾
──南野さんの3人の娘さんたちの写真が使われたジャケットもいいですよね。これは柳沼さんから娘さんたちへ贈るエールでもあるんですか。
柳沼:僕が唄ってる「魂は眠らない」に彼女たちの笑い声も入れたし、みんなで作ったアルバムにしたかったんですよ。ジャケットに使った写真は、お墓参りの帰りの土手で撮った後ろ姿なんです。ポーズを取るとどうしても構えてしまうし、自然体な写真が撮れて良かったですよ。本当は裁判が結審した上でこのアルバムを出せれば良かったんですけどね。
──あれから5年、南野さんのことを忘れたことは一日もないのでは?
柳沼:忘れようにも忘れられませんね。自宅や事務所に信吾の写真を飾っているのもあるけど、毎日誰かしらに必ず信吾のことを言われるので。それは宿命なんだろうなと思ったりもします。
──そんな宿命を背負った柳沼さんでなければ、今回のような作品を世に残すこともできなかったでしょうね。
柳沼:僕一人じゃ荷の重い部分もあったし、信吾の家族や友人たちと一緒に作れたのが良かったです。出すのに5年もかかっちゃいましたけどね。でも信吾の歌声を綺麗な状態で残してあげたい気持ちがあったし、彼の作った曲の良さを伝えたくて自分でも唄わせてもらったんです。信吾の書く曲はGReeeeNにも負けないことを証明したくて(笑)。あと、ちょっと茶目っ気もあったほうがいいと思って、「If」は信吾を真似て唄ったテイクと自分のテイクのツイン・ボーカルにしてあるんですよ。VERTUEUXでもお世話になっているエンジニアの磯江(俊道)さんが「そのほうが南野さんっぽいじゃないですか」と言ってくれたのもあって。面白い仕掛けができて良かったですね。まぁ、こうしてCDを出してもやれ売名行為だの、自分が唄いたいだけだろ!? なんて言われるんですけど(笑)。
──billionのプロフィールにはいまなお南野さんの名前がボーカルとして記載されていますが、バンドのボーカリストはあくまでも南野さんということなんですね。
柳沼:ライブではいつもセンターにマイクスタンドを置いてますから。それは僕のエゴかもしれないけど、自分は基本的にベーシストでいいんです。信吾はライブへ来るのに間に合わなかったという体でいつもライブをやってますね。仕事で来れないあいつの代わりに自分が唄います、みたいな。まぁ、信吾もきっと「なんでヤギが唄ってんねん!?」って言うんじゃないかと思いますけど(笑)。
──南野さんの歌を唄ってみて、率直なところどう感じましたか。
柳沼:すごく難しいですよ。譜割りが独特で、ヘンな所で息つぎするんです。魂で唄ってるから他人が簡単に真似できないんじゃないかな。
──小手先の技術で唄ってないと?
柳沼:全くのノー技術ですよ(笑)。ビブラートも使わないしね。自分では唄いづらいのでメロディを変えちゃうこともあるし、日本語としておかしい部分は歌詞を変えちゃうこともあります。それは編曲の範疇に入ると思うので。でもボーカルはあくまで信吾なんです。もし僕がベース&ボーカルを名乗ることがあれば、バンド名を「ザ・ポリスになり隊」に変えると思いますよ(笑)。
──柳沼さんが自らボーカルを取る作品はこれが初めてなんですか。
柳沼:全くの初めてです。18歳くらいの頃にデモテープで唄ったことはありましたけどね。今回のCDを聴いてもらうと分かると思うんですけど、キーが高いから僕が唄ってると思われてないんですよ。頭の4曲は誰が唄ってるんですか? ってよく訊かれますからね(笑)。一応、ハモりまで全部僕が唄ってるんですけど。全体を通じて、自分でも意外と冷静に聴けるなと思ったけど、最後の「Last Song 〜for SMILEYyagi〜」だけはちょっと辛くなるので聴けませんね。
──「Last Song 〜for SMILEYyagi〜」は南野さんが生前一番最後に書いた曲なんですよね。
柳沼:信吾と一緒に出る予定だったライブに彼が仕事の都合で出られなくなったんですよ。それでその曲に歌詞を付けて唄って欲しいと送ってきたんだけど、僕は曲の存在をずっと忘れてまして。プレッシャーもあって、いまだに歌詞は付けられないですね。いつか付けられる日が来ればいいなとは思ってるんですけど。
──南野さんと柳沼さんの共作曲は存在しないんですか。
柳沼:ないですね。「Last Song 〜for SMILEYyagi〜」が唯一の共作曲になる可能性が大きいです。
──「Last Song 〜for SMILEYyagi〜」に歌詞を付けてしまうと、南野さんとの関係性が終わってしまうようで付けられない、みたいな感じなんでしょうか。
柳沼:そういうわけではないです。結果的に信吾が最後に作った曲だし、思い入れもあるし、生半可な歌詞を付けられないなと思って。愛だの恋だの唄ってもしょうがないし、かと言って「お前がいなくなって…」みたいな歌詞にもしたくない。まぁ、次のアルバムをもし出すことになったら歌詞を付けた完成形を入れようとは思ってます。良い歌詞が書けなかったらバンドの演奏だけになる可能性も大いにありますけどね(笑)。
信吾との2つの約束はいつか果たしたい
──いま改めて南野信吾というボーカリストをどう捉えていますか。
柳沼:魂で生きてきたボーカリストですね。彼が残した膨大なデモを聴くと、第一期BOICEを結成した頃からずっと音楽漬けの毎日だったんだなと思います。裏方の仕事をするようになっても唄うことへの情熱が薄れることはなかったし、絶えず曲を作り続けたわけだから。その意味では、常にチャンスを窺っていた男だったのかもしれない。ただ一つだけ訊いてみたかったのは、信吾が本当に唄いたかったのはいわゆるポップ・チューンだったのか? ということ。ロフトの先輩バンドから「お前らはロフトに出るなよ」と言われたことがあるくらいポップな音楽性だったから、本当はもっとロックっぽいものがやりたかったんじゃないかと思うんです。それは訊けるものなら訊いてみたいですね。
──こうしてアルバムを残すことで、ジャケットに写る3人の娘さんたちにもどんなお父さんだったのかを伝えることができますね。
柳沼:それもこのアルバムを作っておきたかった理由の一つなんですよ。三女に至っては5年前に2歳になるくらいだったので、信吾の声も分からないんです。発売前に試聴会をやって3人にも聴かせたんですけど、みんな僕が唄ってるのを「ウソだ!」って言ってましたね(笑)。
──6月10日の『MINAMINO ROCK FESTIVAL』でも本作の収録曲は披露されるんですよね?
柳沼:「I LOVE YOU」以外はやろうかなと。当日はロフトの先輩方が多々いらっしゃるし、「尾崎豊だったらいいけど、お前の『I LOVE YOU』なんて聴きたくねぇよ」とか言われても困るので(笑)。まぁ、今年はイベント名も変えてお祭りっぽくしたいので、billionとして楽しく演奏したいですね。
──4年連続で開催されてきた『Shingo Minamino “Pure” Night〜すべては彼のために〜』というタイトルを『MINAMINO ROCK FESTIVAL』に変えたのはどんな理由からですか。
柳沼:信吾の子どもたちがこの先大きくなるにつれて、父親にまつわるいろんな情報が周りから入ってくると思うんです。自分でネット検索することもあるだろうし。その時に「追悼」という言葉が出てくるのはイヤだろうなと思ったんですよ。もっと明るく賑やかに信吾のことを思い出す楽しいイベントにしたいし、それなら思いきって「フェス」にしちゃえばいいんじゃないかと。やることはこれまでと変わらないし、せっかくやるならタイトルを変えて楽しいお祭り騒ぎにしたほうがいいと思って。
──小滝橋通りにあった頃の旧ロフトを盛り立ててくださった面々がこれだけ一堂に会したイベントもそうはないですよね。
柳沼:信吾の人柄でしょうね。今年の6月10日も「あいつらしいな」って感じで一日が過ぎていけばいいなと。南野信吾=西新宿のロフトだし、あいつもきっと喜んでくれると思いますよ。
──もし南野さんがこの『Memories Of Last』を聴いたとしたら、何と言うでしょうね?
柳沼:「ここまでやらんでええから」って笑いながら言うんじゃないですかね(笑)。あいつは割と照れ屋で、自分は目立たなくていいみたいなところがあるんですよ。それが裏方としても成功した理由だと思うんです。彼はもともとボーカルだし、色男だけど、割と引き気味なところがあったんですよ。だから『MINAMINO ROCK FESTIVAL』も「そんなんせぇんでええから」って言うんじゃないかな。それより、自分も参加して唄いたがるでしょうね。
──毎年南野さんのことを思い出すイベントが開催されて、今年はbillionのアルバムまで発売されて、「魂は眠らない」どころか眠る暇もないですよね(笑)。
柳沼:僕を筆頭に、みんなが眠らせてくれないから(笑)。この間も信吾の夢を見たという友人から連絡があったんですよ。信吾は忙しいみたいで「ほな!」って行っちゃったそうなんですけど(笑)。「久々に南野さんの話をしたいので呑みませんか?」みたいな連絡もよくあるし、僕も信吾のおかげで魂の眠る暇がない(笑)。ただ、信吾と2人でやろうと決めていたことはちゃんとやり遂げたいんです。billionのアルバムを出すこと、いつか武道館でライブをやること。その2つは信吾との約束なんです。今回のアルバムが評価をいただくことがあれば、まだ曲はあるし、一年に一度でも出せたらいいなと思ってます。そういう目標がある限りは前へ突き進むしかないですね。