ウジェーヌ・ドラクロワがフランス7月革命を題材に描いた名画『民衆を導く自由の女神』の中心にいる女性の名はマリアンヌ。フランス共和国を象徴する女性像である。謎めいた女性だけの音楽集団「キノコホテル」の支配人であり創業者の名はマリアンヌ東雲。歌と電気オルガンの演奏に長け、卓越した作曲能力に恵まれた才女である。社会のシステムを変えることが革命なら、音楽で聴き手の価値観を変えることも立派な革命だ。マリアンヌは銃と国旗を掲げて民衆を扇動し、マリアンヌ東雲は魅惑の歌声と妖艶なパフォーマンスで聴衆を虜にする。マリアンヌは復古王政打倒と言論の自由のために闘い、マリアンヌ東雲はありふれた表現や硬直した思考を打破するために闘う。その飽くなき創作意欲と溢れる情熱をもってキノコホテルが新境地を切り開いたことを、超絶的大傑作である最新作『マリアンヌの革命』は雄弁に物語っている。そこに収録されたさまざまな愛のかたちが描かれた名曲の数々を聴くと、「人間は恋と革命のために生まれてきたのだ」という太宰治の言葉を思い出す。色気と毒気に満ちたキノコホテルの歌は、誰しもに訪れる恋と革命の胞子なのかもしれない。(interview:椎名宗之)
創業当初の手法に戻った曲作り
──今回のアルバム、支配人がツイッターで「お腹を痛めまくった第5子」とつぶやいていらっしゃいましたが、かなりの難産だったんですか。
マリアンヌ東雲(以下、M):もうホントに嘔吐したくなるくらいの過密スケジュールだったわ。毎日、深夜の1時、2時くらいまで作業をしていたんだけど、エンジニアの杉山オサムさん(STUDIO IMPACT)が根気よく一緒に残ってくださったのがとても有り難かったわね。
──レコーディングに入るまでに曲は相当数書き溜めてあったんですか。
M:いえ、曲は全然なかったの。昨年はワタクシにとってとにかく退屈な年で、一歩引いた形で音楽活動に取り組もうと人知れず考えていたんです。ツアーとかも頻繁にやってはいたものの、なかなか曲作りにまで気持ちが向かなかった。バンドの行く先々のことも考えたかったし、あまり自分を追い込まないようにしていたのよ。
──それで去年発表されたスタジオ録音作品は会場限定盤『夜の禁猟区』収録の3曲のみだったんですね。
M:省エネ・モードだったわね。せめて実演会の時だけは本気を出そうと取り組んでいたけれど、それ以外はダラダラと遊んでばかりいたわ。
──エネルギーを放出した時期の反動で、気力・体力を蓄えなくてはならなかったんでしょうか。
M:たまたまスイッチをオフにしたいタイミングだったのかもしれない。それで曲作りが滞ってしまったのね。去年は年始に2、3曲書いただけで、下半期は見事に1曲も書きませんでしたからね。去年の秋頃にキングレコードへ移籍することになってアルバムを出すことが決まったのに、曲が全くない状態だったわけ。
──それ、逆にすごいですよね。からっぽのゼロの状態から短期間でこれだけ高水準の曲を10曲も仕上げたわけですから。
M:ワタクシもすごいと思ったわ(笑)。今回のアルバムに入れたのは年末から年始にかけて書いた曲ばかりなんだけど、要はやる気さえあればこれくらいのことはできるってことよね。
──『マリアンヌの呪縛』の時は「曲作りの時期はすごく幸せに溢れていた気がする」とおっしゃっていましたが、今回はそんな余裕もなかったんですか。
M:あら、そんなこと言ってた? 全く記憶がないわ(笑)。それどころか、もう『〜呪縛』の内容すら全然覚えてないの。どんな曲が入ってたっけ? って感じなので。作品作りはいつも本気だし、レコ発のツアーで新曲を引っさげてたくさん演奏するものの、ツアーが終わると自分のなかでは一旦終了になるのよね。でもたしかに、『〜呪縛』の曲作りは楽しかった気がする。ウチの従業員に対する信頼感が増した頃だったし、バンドが一丸となって曲を作る楽しさを実感していたんじゃないかしら。それに比べて今回はとにかく時間がなかったので、自分で全部デモをかっちり作ったのよ。ギターを自分で弾いたり、ドラムやベースも自分で打ち込んでね。
──意外ですね。今作は前作以上にバンドの一体感が如実に表れた作品なので、3人とのコミュニケーションが豊かで、各自のアイディアとエッセンスが組み込まれた曲作りなのかとてっきり思っていました。
M:ひとつにはワタクシの作ったデモが素晴らしく完成度が高かったということでしょう(笑)。それを3人になぞってもらいつつ、アイディアがあればその都度出してもらったの。そのやり方が今回は合ってたし、出来上がったデモからどんどん3人に聴いてもらって作業を進めた結果、すごいスピードで仕上げることができたのよ。なのである意味、キノコホテルを始めた当初の手法に戻ったとも言えるわね。もともとそんなやり方だったのが、途中から機械を使って曲作りするのがイヤになって、3人も成長してきたからスタジオで作り込んでいきましょうっていうのが『〜呪縛』の時期だった。ただやはり、煮詰まると効率が悪くなる側面もあるので、今回は効率重視で自分でデモを作ってみたら、それがすごく楽しかったわけ。
普通のJ-POPにならないのがキノコホテルらしい
──結果的には今回も楽しんで曲作りができたんですね。
M:5月のレコーディングまでに何曲書けるのかしら? と思いながらも、別に焦ったりもせず、割と楽しく気ままに真夜中に曲作りをしていたわ。ただ、デモのデータを3人にメールで送っても全く反応がないのがちょっとモヤモヤしたけど(笑)。たまにスタジオでジュリ島(ジュリエッタ霧島)が「私はあの曲、好きです」とか感想をくれるんだけど、そういうことを言ってくれないと寂しいじゃない? さすがにマスタリングした音源を送った時は3人それぞれ反応してくれたので、いいものが出来た手応えはありますけどね。
──ニュー・ウェーブ色が濃いリード曲「おねだりストレンジ・ラヴ」は、書き上げた時点で「これはいける」と確信を得た糸口のような曲ですか。
M:そうね。「おねだりストレンジ・ラヴ」はデモを作ってた時からこの曲が何とかしてくれるんじゃないかと思ってた。今回のアルバムの象徴的な曲でもあるので。
──メロウな情緒が溢れる「遠雷」は9分近いサイケデリック・ナンバーですが、これは当初から長尺だったんですか。
M:最初からあの長さでした。そう、「遠雷」はけっこう前からあった曲なのよ。たしか去年の頭くらいに書いて、イギリス・ツアーへ行く直前の実演会で披露したこともあった。4人で演奏し慣れていたのですんなり録れたわ。
──「遠雷」みたいに曲中で特に大きなブレイクもなく、ただ淡々と流れていく長尺の曲を飽きさせずに聴かせるのは凄まじい力量だと思うんですよね。
M:アレンジの面、主に上物であるギターの音色をいい塩梅にするために時間を費やしたわね。実演することでゆっくりと着実に成長していった曲と言えるんじゃないかしら。
──不穏な妖気が漂う「赤ノ牢獄」もひとつのギター・リフで延々と押し通す長尺の曲ですけど、だれるところが一切なく聴けるのは4人のアンサンブルの賜物なのでは?
M:「赤ノ牢獄」は比較的新しい曲で、出来上がったのは今年の3月くらいだったの。エンジニアのオサムさんも気に入ってくれて、ミックスもすごく楽しかった。
──そう言えば、ミックスの最終日に白目を剥くほど手を焼いた曲があったそうですね。
M:「流浪ギャンブル(メカ仕様)」ね。ボーカルの方向性をどうするかでいろいろトライしたんだけど、オサムさんもワタクシも途中でこの曲が大嫌いになったわ(笑)。と言うのも、自分の素の声とこの曲の相性があまり良くなくて、何度唄ってもしっくりこなかったの。それでいままで禁じ手だったオートチューンをかませてみたのよ。ただし補正をかけすぎず、ちょうど良い方向に持っていくにはどうしようかってところで手間がすごくかかった。そもそもこの曲は3月頃に別テイクを録音してあって、それと差別化を図りたかったのもあるわね。
──その別テイクというのは、『刺青の国』というゲームの主題歌として提供されたものですか。
M:そうなの。ゲームの主題歌に起用していただけるということで、せっかくだから王道の主題歌っぽいものを遊び半分で作ろうとしたの。そしたら自分でも全然唄いこなせない曲になってしまって、何回唄っても気に入らなくて。でもこの曲を新しいアルバムに入れることはゲームを手がけている日活さんとの約束だったので、何としてでも完成させなくてはいけなかった。一歩間違えたらただのJ-POPになってしまうような曲だったので、それをアルバムのなかで浮かないように、他の曲と馴染むようにするのに苦しんだわ。
──逆を言えば、J-POPでも通用するくらいポピュラリティに富んだ曲ということですよね。
M:自分のなかからこんなにキャッチーな曲が出てくるなんて意外だったわね。でも仕上がりには満足しているし、なんだかんだ言って普通のJ-POPにはならないのがキノコホテルらしいところなのかもしれない。
──それは言えますね。ミディアム・テンポで軽快な曲調の「愛はゲバゲバ」も恐ろしくキャッチーなナンバーですけど、毒気と色気が音の隙間からにじみ出ていて通り一遍のものにはなっていないですし。
M:「愛はゲバゲバ」はキャッチーだけど、古くからのキノコホテルの胞子たちからすると安定のキャッチーさだと思う。過去の楽曲から逸脱した感じじゃないけど、いわゆるJ-POPの雛形からはだいぶ逸脱した曲よね(笑)。