今年で結成10年を迎えたthe chef cooks meが、3年半振りとなるフルアルバム『回転体』をリリースする。今作は、プロデューサーに後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)、そしてゲストミュージシャンに磯部正文(HUSKING BEE)、岩崎愛、楢原英介(VOLA & THE ORIENTAL MACHINE、YakYakYak)、Rebecca Zeller(Ra Ra Riot)、Keishi Tanakaといった面々が参加した超豪華盤。
この10年という活動期間の間には幾度ものメンバーチェンジがあったが、その活動歴の中で会った音楽仲間に声をかけた結果、総勢10名の大所帯のバンドとなり新機軸を打ち出した今作は、極上のメロディーで彩られた全11曲。全てのポップミュージック・ファンに聴いて欲しい1枚だ。たくさんの人の思いも込められた『回転体』について、シモリョーこと下村亮介(Vocal, Keyboards, Percussion)に話を訊いた。(interview:やまだともこ/Rooftop編集部)
自分たちの音楽がずば抜けて楽しいものだと思えた
── 3年半振りのニューアルバム『回転体』が9月4日にリリースされますが、これまでのthe chef cooks meとは形態を変え、大所帯のバンドサウンドが収録された作品となっていましたが、どんなきっかけがあって今のような音楽に変化したのでしょうか?
「かねてから、ホーンやコーラスを入れてビッグバンドに近い感じでライブをやってみたいと思っていたんです。これまでに何度もメンバーチェンジを繰り返しているので、正式メンバーという形式に疲れていたというのもあり、下北のERAで出会った人たちに声をかけてライブをやるようになったんです。それがとても楽しくて、みんなで演奏するために初めて書いた曲が『回転体』に収録している『ゴールデン・ターゲット』なんですけど、なかなか良いんじゃないかって。この曲が完成したことで良いポップスを作っていきたいと気持ちが開けたんです」
── プロデューサーである後藤正文さんとはどんなきっかけで出会ったんですか?
「みんなに力を借りてやっていこうという時に震災が起きてしまい、その頃にタイミングが合ってゴッチさんと出会ったんです。そこから付かず離れずのお付き合いをさせてもらっていたんですけど、2011年の9月にFLAKE RECORDSからリリースした7inch『PASCAL HYSTERIE TOUR』をゴッチさんが聴いてくれて、“レーベルに所属してないなら自分のところでやりたい”という話を回り回って聞いたんです」
── 直接じゃなくて?
「FLAKE RECORDSの店長から聞きました(笑)。それで、すぐにゴッチさんに電話をして一緒にやることが決まったのが2011年の終わりぐらい。その時は“とにかく曲を作っておいて”と言われたのでひたすら曲を作り、昨年リリースされた『NANO-MUGEN COMPILATION 2012』に、7inchに収録した『Pascal & Electus』をゴッチさんプロデュースでリアレンジして収録し、その半年後から今回のレコーディングが始まり、今年の5月に最後の作業をしてようやくこのアルバムが完成したんです」
── 長い時間をかけて作られた、まさに待望の作品なんですね。
「すごく時間をかけて作業が進んでいった感じです」
── 今作の収録曲は、“曲を作っておいて”と言われた時に作っていた中から選んだ曲ですか?
「ほとんどそうですね。大人数でやり始めた最初の曲『ゴールデン・ターゲット』や、ゴッチさんと知り合うきっかけになった7inchに収録している曲(『song of sick』)の再録、ゴッチさんと一緒にやると決まってから作った曲です」
── 初めて大所帯で作った作品になりますが、アレンジのディレクションはシモリョーさんがされたんですか?
「ホーンのアレンジ等に関してはなんとなくラインは決めてますが、僕らの知識では至らない部分もあるので提案をしてもらいながら進めていきました」
── みなさんで録った音がこんなに良い形になったということで自信になった部分はあります?
「ホーンや女性のコーラスを入れるのは初めてだったので、アレンジがけっこう大変でしたが、それを突破出来たことで、自分たちの音楽がずば抜けて楽しいものだと思えて、それを信じてやってました。音楽好きの仲間と一緒にやるって当然のことだけどすごく楽しいよねっていうことは感じましたね。ホーン隊の3人とコーラスの2人と鍵盤担当は、レコーディングに入る前から一緒にライブをやっていたんですよ。それでレコーディングに臨めたので、より良いものを作れたなと思います」
── ライブで成長させられた曲と?
「そうです。収録曲の中で、1曲目の『流転する世界』、5曲目『環状線は僕らをのせて』、9曲目『光のゆくえ』、11曲目『まちに』はレコーディング前に出来た曲なのでライブではほとんどやってないんですが、他の曲はライブでずっとやってきたもので。とにかくライブで新しい曲をやろうと、新人バンドのように新曲をやり続けるということをしていて。そこでみんなのモードが変わったし、それぞれの良さをうまく混ぜ込むことが出来ました。アルバムタイトルは新しい曲が出来る前に、ふと“回転体”という言葉が出てきて、メンバーに相談したら、はっきりした言葉だけどいろんなものを想像出来る言葉だなって。このタイトルが付いて、その後に作った曲でアルバムの縦軸を結んであげたいなと思ったんです」
── 『流転する世界』から最後の『まちに』の歌詞を読んで、何気ない日常だったり、人生のように続いているものとか回っているものだったり、生活に根付いた歌詞だという印象を受けましたが、アルバムを作るにあたり、コンセプトはあったんですか?
「特にはないんですが、僕らがずっと好きだった日本語のポップスをちゃんと昇華して出したいと思ってやってました。日本語で歌うポップミュージックの良さって、ふとした時に力になってくれたり、何気ないものだけどものすごくパワーが込められている感じがするんです。自分たちがそこに魅力を感じているから、難しい言葉を使って歌うのではなく、自然と身近なものを歌った歌詞になったんだと思います」
── ただ、どこか悲しみを踏まえた上での明るさがある歌詞だなとは思ったんですが。
「普通に考えて明るいだけの状況ってないじゃないですか。楽しいことや嬉しいことがあっても、それが終わるとまた現実が待っているし、誰しもがいつかは死ぬだろうし。これだけメンバーの加入脱退を繰り返したから、幻想はもうこりごりなので(笑)、現実を受け止めた上での前向きさを表現したかったんです」
プロデューサー・後藤正文氏との作業
── 1曲目の『流転する世界』は新たな幕開けを喜んでいるかのような壮大なサウンドとなり、この後どんな曲が続くんだろうと、より期待させる感じがありますね。
「1回も繰り返しの構成が出て来ないと決めて作りました。この曲の原型をゴッチさんに送った時に、“ちょっと難しすぎじゃない?”って言われたんですが、実際音を仮で録ったものを聴いてもらったらOKをもらって。ゴッチさんは自分が思ってることをハッキリ言ってくれるので、そこに絶大な信頼を寄せています。メジャーにいた時は、何も言われなかったけど実はこうだったということが多くて人を信じられなくなってしまったんです。もちろんそこで学ぶことも多かったですが。ゴッチさんはバンドマンで自分の意見を発信する側の人間でもあるし、本気で僕らに関わってくれてるから、心配だったけど良かったとか、これはちゃんともう少し音を抜いてくれとかはっきり言ってくれて、ものすごく気持ちが良い人です」
── 後藤さんには全曲プロデュースに関わってもらっているんですか?
「そうですね。曲調に関しては特に言わないんですけど、音色やテイクなど、僕は音を入れ込み過ぎるタイプなので、それを制御する役目とムードメイカーも担って頂いた感じです」
── 『環状線は僕らをのせて』では後藤さんもボーカルで参加されてますね。
「無茶言ってお願いしたんです。最初この曲は、アルバムの中でさっと聴き流せるような曲が入ってたら良いなと思って作ったんですけど、ベーシックのベースとドラムとギターを録った時に、ゴッチさんが、“これめちゃくちゃ良い曲になるよ”って言ってくれて、そのつもりで作ってなかったんで、“え!”って(笑)。それで“良い歌詞書きなよ”って言われて考え込んじゃったんです。実際歌を入れるという時に、こういうことを歌いたいっていうのは出来ていたんですけど、どこで何っていうのは具体的になくて、その時にアジカンの『新世紀のラブソング』のゴッチさんの歌い回しが好きだなって思いがよぎって、“ラップしてもらえませんか?”ってメールしたら“いいよ”って返事が来て。そこから歌詞を相談して、僕も自分が書きたいことをまとめて、そしたらみるみるうちに曲が出来たんです。女の人の目線も欲しいから、それも書いてレーベルメイトの岩崎愛ちゃんに歌ってもらおうって。その後、ゴッチさんがTwitterで“シモリョーの無茶振りでラップを頼まれた”ってつぶやいたら、ハスキンの磯部さんが俺もやりたいって乗っかってくれて」
── まさか磯部さんも参加されているとは、と驚きましたよ。
「ただ、ゴッチさんと“イメージを壊してしまいそうだから、磯部さんはラップじゃないよね”って話をして、歌って頂くことになりました」
── 聴き流せるぐらいで良いかなと思っていた曲が、こんなにも豪華なメンバーに参加頂いて。
「御三方にはPVにもご出演頂いたんですよ」
── PVもですか!?
「まだ完成してないんですけど、途中段階で見せてもらったら、みなさんすごく良い表情をされてましたし、風景とも合っていて、自分の予想をズバッと上に行っちゃったぐらい魔法がかかった曲になりました」
── また、2曲目の『ケセラセラ』は行進しているような軽快なサウンドに、ポジティブな言葉が散りばめられていて、個人的にすごく気に入っています。
「ちなみにその曲はゴッチさんイチオシの曲です」
── リード曲は3曲目の『適当な闇』ですが、たとえスポットライトが当たらない人生だとしても、その幕がおりるまで生きるということを歌ったメッセージ性の強い曲ですね。
「僕も普段ステージに立って高いところから大きな音を鳴らして照明を当ててもらってますけど、あそこが唯一自分の良いところを見せられる場所だと思っていて。だけど、ボーカル、ベース、ドラム、ギター、ホーン、コーラス、ピアノがいる中で、僕にだけスポットが当たるのはあまり好きじゃないんです。ボーカルってそういうものかもしれないけれど、あの曲のあのトランペットが良いとか、このギターフレーズが良いとか、それの音によって曲がドラマチックになることもあるし、そういう意味では全部をフォーカスしてもらいたいと思っていて。それこそがバンドだと思いますし、そういう部分を歌いたかったんです。バンドって見てる人や好きでいてくれる人がいて初めて成立するもので、そしたら主役なんかいらないって。お客さんにだって、ライブに足を運んでくれるまでには様々なストーリーがあったり、毎日がうまくいかないから音楽を聴いて救われようと思ってる人もいるかもしれないし、そういうことを考えていたらこの詞が出来たんです」
── 8曲目の『四季に歌えば』は、懐古的な部分と叙情的な部分が交錯した歌詞でしたが、フルートの心地よい音色で始まったと思ったら、後半でものすごく渋いギターが入り(笑)。
「フュージョンみたいなやつですよね。ギターは同い年なんですけど、ド渋なギターを弾くんですよ。ちなみにここもゴッチさんのお気に入りです(笑)」
── 歌詞はシモリョーさんの他にayUtokiOさんという方が参加されてますが、この方はどなたですか?
「昨年の2月にthe chef cooks meのメンバーになったことがあるギタリストです。他にもバンドをやっていたので、4ヶ月ぐらいしか在籍していないんですが、その間に一緒に書いた歌詞で。僕が元ネタを出して、あゆくんが書いてくれたんです。自分のことを思って歌詞を書いてもらったのって初めてなので、大事にしたい曲です」
── そして『まちに』は、みなさんの合唱で始まるという面白さ、歌詞の言葉遊びなど、いろいろなものが盛り込まれた楽曲でアルバムはフィナーレを迎えます。
「これは最後の最後に短時間で出来た曲です。イントロだけ作ってあって、スタジオのロビーでドラムのイイジマとギターの佐藤と話しながら決まった曲で。10年やってきたからノリがわかる部分もあって、それが活かされた曲だと思います」
── 『まちに』というタイトルですが、以前『WE LOVE CITY』という曲をリリースしていて意味合いとしては近かったりするんですか?
「あと『僕らの住む町』という曲もあるんですけど、町が好きなんでしょうね。町おじさんなんです(笑)。町って誰しもが属している場所であって、どれだけ1人でいることが好きでも町には住んでいて、人間同士の繋がりを感じられる場所でもあるし、あてもなく町を歩くのが好きなんです。その時に歌詞の元ネタが浮かんだりもしますし」
── それが、歌詞の生活に根付いてる部分なのかもしれないですね。
「そうですね。きっと。そうだと思います」