2007年にマリアンヌ東雲を中心に創業された謎めいた女性だけの音楽集団「キノコホテル」。3年前のメジャーデビュー以降は全国各地で集団中毒患者が続出し、今なおその現象は止まる気配がない。12月に発売されたサードアルバム『マリアンヌの誘惑』は、前作で提示した極彩色の音楽性はそのままに、よりパンク/ニューウェイヴ色を強めた作品となっており、これまで以上に攻撃性と破壊性を全面展開している。先月には突然の従業員退社が発表され周囲を驚かせたが、その約10日後に新たな電気ベース担当、ジュリエッタ霧島がお披露目され大きな話題となった。「可愛いだけじゃないのよ、甘くみないで」と詞の言葉通り、我々の想像を遙かに凌駕していくキノコホテルの現在を支配人・マリアンヌ東雲に語っていただいた。(TEXT:加藤梅造)
キノコホテルの新機軸を見せるのにいい頃
──キノコホテルのサードアルバム『マリアンヌの誘惑』ですが、期待以上の内容で驚きました。
そう、なかなかいいアルバムができちゃったの。
──前作『マリアンヌの恍惚』もすごくよかったので、そのプレッシャーもあるのかなと思ったんですが。
でも今作を作るにあたって特に『恍惚』を越えようとかは思わなかった。むしろセカンドとは違うことをやりたかったですね。
──アルバムとしては1年8ヶ月ぶりというのも意外でした。そんなに空いてたんですね。
実演会(ライブ)が次から次へと入っていてそれをこなすのに精一杯でした。それで自分の中でアルバムを作りたいというモードになかなかなれなくて気づいたら月日がたっていたと。それだけのことなんですけど。
──ようやくアルバムを作るモードになったということですか?
アルバムというのは1年に1度コンスタントに出す必要はなくて、気が向いた時に出せばいいと思うんです。待っていてくれる人さえいれば、どれだけ時間が空いたっていいと思っていて。ただ、キノコホテルが実演会を重ねていく中で、お客さんからそろそろ次の新作が聴きたいという声もちらほらと耳には入っていたので、新曲もたまってきて、キノコホテルの新機軸を見せるのにいい頃かなと。
──今回はレコーディング期間も短かったと聞いていますが、時間に追われてやらないといけないっていうのはどうなんですか?
そうね、人から言われてやるのは好きじゃないけど、期限を決めて自分で自分を追い込むのは案外嫌いじゃなかったりしますね。結局、自分で自分をギリギリまで追い込まないと動かないタイプの人間ですから。アルバムを作る1ヶ月ぐらい前に頭の中でだいたいの曲順を考えるんですが、今回の場合は2曲目(実際は3曲目)にハマる曲がないって気づいて、急いで曲を作ってメンバーに渡したりなんてこともありました。
──アルバムをイメージする時に曲順まで含めて構成を考えるんですね。
ファーストアルバム『マリアンヌの憂鬱』もそうでしたが、真ん中にインストの曲を入れてレコードでいうところのA面、B面の切り替えをするのが好きなんです。だから今回もそれはなんとなく決めてましたが、ただ実際にレコーディングすると変わってきますね。あるいはミックス作業中とかにも。
──そういえば、今回のミックスは『マリアンヌの憂鬱』と同じ中村宗一郎さんですね。
これだけ様々なタイプの曲がありながら1枚のアルバムとして違和感なく聴けるのはミックスの賜物ですね。宗ちゃんはとても勘のいい方なので私の求めているものがすぐ分かって、例えば「もうちょっとピリっとした感じで」とかいう抽象的な要求にもちゃんと応えてくれるんです。
──中村さんはキノコホテルがインディーズで最初に出したシングル(『真っ赤なゼリー』)も録ってますから、長い付き合いですよね。
まあ因果というか縁を感じますよね。実はファーストを録った時は、キノコホテルもまだ未熟で、ドラマーが宗ちゃんからコテンパンにダメ出しされてるんです。でもリズム隊も今は上達しているので、もう一回やってみたらどうなるんだろう?っていうのはありましたね。『憂鬱』の録音は2009年だから、この3年間でどのぐらい成長したのかを知りたかったというのもあるわね。
──確かに今作は今までで一番迫力があるし、なんか凶暴さが増しているというか…。
ふふ、凶暴なのは私のメンタリティがすごく作用しているわね。キノコホテルを5年間やってきて心境の変化もあった。歌謡曲とかGSとか云われて、そういう気取った感じがなんか馬鹿馬鹿しくなっちゃって。もともとパンクが好きな人間なので、こっちの方が素に近いのかも。
──『恍惚』の段階ですでに『憂鬱』から脱却して多様な音楽性を見せていたので、今更キノコホテルを歌謡曲やGS云々で語る人もいないんじゃないですか?
音の方はどんどん進化していて『恍惚』でもそれを押し出しているんですが、まあ衣装とかの見た目で「ああ、GSね」って言われてしまう部分もあって世間の認知はさほど変わらなかった。だから、それに対する苛立ちが前作よりも色濃く出ていて、結果「凶暴」な感じになったというのはありますね。もう一つ、リリースがない間は実演会をずっとやっていたんですが、観たことある人なら分かる通りキノコホテルの実演会は非常に激しいものなので、自分もそういうモードになってきますよね。ステージングをする時の自分のメンタリティがだんだんレコーディングに影響するようになってきたのかな。実演会とCDとの落差を埋めたいというのはずっと思っていた。やっぱりキノコホテルはライブバンドだと思うんですよ。だからそのライブ感を音源にも反映したかったんですが、なかなか難しくて。『憂鬱』なんかは単に荒削りな印象だったんですが、今回はライブ感を出しながらもバンドとして成熟した姿を見せることが両立できたんじゃないかな。
凶暴な中にあるロマンティシズム
──1曲目「四次元の美学」はノイジーなインストの曲ですが、まるで非常階段かと思いましたよ。
スタジオにあるエフェクターやディレイを使って遊んでいたら楽しくなってきて、ケメちゃんにもギターも弾いてもらって、たまたまできた曲ですね。なんらかのイントロダクションが欲しかったのでちょうどいいなと。ホント楽しくてずっとやっていたかったぐらい。もう次のアルバムは全部これでいこうかな(笑)。
──次は実質的なオープニング曲の「球体関節」ですが、これも前半はインストで押しまくって中盤から歌になるという構成がおもしろいです。
このままインストなのかしら?って思わせるような、ちょっとドラマティックな曲にしたかったんだけど、うまくいってるんじゃない。
──印象的なタイトルで内容も球体関節人形をテーマにしてますが、キノコホテルの持つフィギュアっぽい雰囲気がよく出てるなと思いました。ちなみに人形って興味あるんですか?
私個人として人形を集めるような趣味はないんだけど、球体関節という言葉は前から気になっていました。なんか人形って怖いじゃないですか? 美しさと気持ち悪さの両面があって。キノコホテルのフィギュアっぽい所を自嘲的に歌詞にしたのかもしれないですね。
──そして3曲目「業火」は、先ほど仰ったアルバム用に急遽作った曲ですね。“地獄に灼かれて灰になる”っていうのが特にキノコホテルっぽい世界観です。
たまたまですが、“灰になる”ってフレーズは5曲目でも使ってるんです。灰になりたかったんですかね? “HIGHになる” でもいいんだけど。
──ああ、確かにHIGHになるとそのまま死んでもいいって気分になりますよ。
自分はHIGHとLOWの差が激しい人間ですから。
──4曲目「愛と教育」は、今までで一番SMの世界観を表した曲ですね。
これは私のS的なパブリックイメージを曲にしたんですが、まあ「こういう曲があれば満足だろ」と思って書いた曲です。
──あぁ、奴隷向けの曲なんだ(笑)。でも曲調はこれまでにない最もニューウェイヴなものですね。フリクションを彷彿とさせるような性急さもあって。
それは意識してやりました。確かにキノコホテルの新機軸と言える曲だと思うし、このアルバムの代表曲といってもいいぐらい。これからはこの路線でいくからヨロシク!みたいなね。
──リフも激しいんですが、叩きつけるような歌い方も凄い。
これは後処理でボーカルにエフェクトをかけたのではなく、歌入れの時にディストーションで潰して録ったんです。だからなおさら激しいと思いますが、サビで入るチェンバロのアルペジオが自分的にはメルヘンチックで好きなんです。凶暴な中にもキノコホテルが持っているロマンティシズムがさりげなく散りばめられているという。
──ただそのメルヘンの後に“最初からやり直し”って言われて元に戻っちゃう(笑)
2番の歌詞をどうしようって悩んでたんだけど、“最初からやり直し”にすればまた同じ歌詞でいいんだと思って。おかげで手間が省けたわ(笑)。
──今作はジャケットのイメージもSM的な世界観が強いですよね。
フェティッシュ的な所はありますね。この衣装はフェティッシュ界の第一人者である緑川ミラノさんが手がけているんですが、私はもともとそういったものが好きなので、今回不思議な巡り合わせでした。先日のキネマ倶楽部で着たキャットスーツは私の私物で、趣味で持ってるんです。
──あの衣装には驚きましたよ。驚いたというか、素晴らしかったというか。
あれはすごい好評でしたよ。ライブの後、男性のスタッフ達に「ねえ、今日着た衣装でどれが一番印象的だった?」と訊いたら、みんなモジモジしながら「やっぱりあの…、エナメルのあれですかね」って(笑)
──最近はゴシックという言葉も一般化してますが、本来のゴシックってこういうものだなっていうぐらいディープな世界になっています。
たまたまなんですが、今回は内容とジャケットのイメージがぴたりと一致しました。
──そしてPVがいち早く公開された5曲目「その時なにが起こったの?」
この曲も今までのキノコホテルにはなかったタイプの曲ですね。実演会では去年からずっとやってきたんだけど、なんとなく閃いて録る直前にリズムを変えたんです。それが結果的によかった。
──そして歌詞がまた謎めいていていいですね。
この歌詞は、今回アートディレクターをやってもらった信藤三雄さんに「これ、なかなか書けないよね」って褒められたんです。私はあまり考えて歌詞を書くタイプじゃないのですが、この曲は明け方になんとなくぱっと浮かんで書き留めていたもの。メロディは5分ぐらいでできることが多いですが、作詞は難しいですね。
──不思議なシチュエーションなんですが、僕が勝手にイメージしたのは、朝方、気づいたら相手の男を殺しちゃってたという、ある種ネクロフィリア的ともいえる情景でした。
ふふふ、この歌はよく「これって殺しちゃったんですか? どういうことですか?」って訊かれるんですけど、別にそんなこと説明してあげる必要はないと思うので、それぞれが想像して勝手に怖がってくれればいいと思ってます。例えば、もうこの人はいないんだって思いたくなる時、実際に殺さなくても自分の中で勝手にその人を殺しちゃうことってあると思うんです。そういうイメージですよね。もちろん殺したと思ってもらってもいいですよ。妄想を膨らませて下さい。