Rooftop ルーフトップ

INTERVIEW

トップインタビューレコーディング・エンジニアという深淵なる匠の世界('09年4月号)

アーティストが発した音を至上の形でアウトプットするのが僕の使命です

2009.04.01

 スタジオインパクトは、新宿ロフトや下北沢シェルターなどを経営するロフトプロジェクトが放つ良心性と使い勝手の良さを追求するレコーディング・スタジオである。メイン・エンジニアである杉山オサムは現役ミュージシャンとしての長い経験を生かし、普通のエンジニアとは一味異なる個性的なミックスをする。アーティストの立場になった実践的なアドバイスやレコーディングでの雰囲気作りも非常に得意とし、"バンド・サウンドをミュージシャンと同じ目線で作り上げる"敏腕エンジニアだと言えるだろう。そんな彼のエンジニアとしての信念や深いこだわり、常にクオリティの高い音楽を生み出し続けることの矜持について訊いた。(文・構成:椎名宗之)

ミックス作業に没頭すると我を忘れる

 子供の頃からオーディオ機器には慣れ親しんでましたね。きっかけは短波放送なんです。僕が小学校の頃、BCLラジオで短波放送を聞くのが一大ブームになって、僕もご多分に漏れず熱中しました。ソニーのスカイセンサー5900っていう高性能短波ラジオが花形の機種でね。放送局に受信報告書を送ると、その証明として放送局がベリカードっていう受信確認証を送ってくれるんです。それを集めるのが好きでしたね。アメリカのヴォイス・オブ・アメリカっていう放送局は比較的受信しやすいんですけど、僕はエクアドルとかマニアックな国の放送局を受信したりしてました。気象条件とかで受信の難しい遠隔地だから、何かの番組でワライカワセミの声が聞こえた時は凄く嬉しかった。その放送内容を書いて送って、エクアドルからベリカードが届いた時は狂喜乱舞しましたよ(笑)。  エンジニアの仕事を始めてからはもう12、3年になるのかな。もともとはバンドでギターを弾いていたんですよ。僕がまだ20代半ばの頃、バンド活動を通じて知り合った鍵盤の人が家のマンションにスタジオを作ることになって、そこでその人と一緒に劇伴の仕事なんかをしたんです。そこで完パケまでを手掛けるから、必然的にレコーディング卓を操作することになるわけですよ。音響の学校を出ていたのでそういう作業もできたんですけど、卒業してすぐにエンジニアになろうとは思わなかった。やっぱりプレーヤー志向が強かったですからね。ただエンジニアの仕事自体は嫌いじゃなかったし、いろいろと勉強にもなるのでバンドと並行して続けていました。  それがいつの頃からかエンジニアの仕事が増えていって、バンドとエンジニアの比率が遂に逆転したんです。きっかけは、このスタジオインパクトに呼ばれて専属のエンジニアになったことですね。ロフトレコードの作品や当時ロフトのマネージメント部門に所属していたイン ザ スープのレコーディングに携わっていた頃には完全に逆転しました。  この仕事の面白さを端的に伝えるのは難しいですね。ただ、ひとりでミックスの作業に没頭してる時はある意味幸せなのかもしれない。それは仕上がりまでの過程なんですけど、その音楽の空間に身を置いている時間は無に近くて、そういう時は集中力が高まって仕事の効率もいいんですよね。ティーンエイジャーの頃からずっと音楽を聴き続けてきて、エンジニアの仕事が増えてくるに従って音楽の聴き方も徐々に変わってくるじゃないですか。でも、ミックスの作業に没頭してる瞬間はティーンエイジャーの頃に熱中して音楽を聴いていた姿と変わらないんですよ。


一発録りのスリリングさが堪らない

 自分がエンジニアとして携わった作品を聴き直すことも割とあります。実際に聴くと反省点を見つけることのほうが多いんですけど、たとえばその1年後とかにまた改めて聴いて、1年前に感じた反省点よりもその時点での自分の力量が勝るのを感じた時は素直に嬉しい。作品を完成させた直後は達成感を感じてますけど、それから少し経つと"もっとこうすれば良かった"と重箱の隅を突きたくなる。でも、また日を改めて聴くと"やっぱりあれで良かったんだ"と思い直したりする。その繰り返しですよね。  アーティストは多種多様だし、自分自身に求められることも携わるアーティストによって全然違うので、彼らの要望に応えることの難しさを常に感じていますね。クラシックを録った次の日にパンクを録ることもよくありますから。僕はクラシックに精通しているわけじゃないけど、自分に求められているものは判りますよ。それは昂揚感を高めることであったり、穏やかな演奏の部分は穏やかな音にすることであったり。ロックでもそういうアッパーとダウナーの押し引きがありますよね。ただ、ひとくちにアッパーと言っても、その中にはいろんなアッパーの棲み分けがあるわけですよ。アーティストの求めるのがどのラインのアッパーなのか、その見極めをいつも最初に気にしてますね。そこを見誤ると、アーティストが求めている音と違うものになる可能性が大きいので。



 今まで数々のアーティストの作品に携わらせて頂きましたけど、録り方から何から既存のフォーマットにはない特異さと面白さがあったという点では、やっぱりサンボマスターが群を抜いてますね。彼らは今時珍しいほどバンドらしいバンドなんですよ。最近はクリックを聴きながらドラムとベースを最初に録る慎重派のバンドが多い中で、彼らは"せーの!"で一発録りをするのがメインなんです。彼らのようにロックの原点へ立ち返ろうとするバンドが僕自身好みなんでしょうね。  一発録りは何が起こるか判らないし、全神経を集中させて常に構えていなくちゃいけない。演る側も録る側も抜き差しならない感じがあるし、後で直せるからいいやなんて浮ついた気持ちは微塵もない。そのスリリングな感覚が堪らないんです。もちろん後から音の修正は施しますけど、修正すればするほど音のダイナミクスは減っていくから、そのせめぎ合いは常にあります。ただやっぱり、一発録りの荒々しい演奏を聴くと僕はドキドキするんですよ。完成度の高い音源も好きなんですけどね。僕は初期のローリング・ストーンズの粗野な感じも好きだし、ジミー・ミラーがプロデュースした『ベガーズ・バンケット』や『レット・イット・ブリード』といった中期における完成度の高さも好きなんです。レコーディングのドキュメンタリー性も、高い成熟度も、どちらもね。ただ、あの当時の音源って、ビートルズにしても録音テープの構造上荒さが残ってるじゃないですか。あの音の味わい深さが特に好きなんですよ。


心地好い一服が客観性を与えてくれる

 僕はワーカホリックではないけれど、仕事のオンとオフの切り替えがあるとするならば、何をやっていても基本的には常にオンなんですよ。テレビや映画を見たり、本や新聞を読んだり、音楽とは直接関係ないことをしている時でも音楽にフィードバックさせたいといつも考えてますから。それはロックを聴き始めたティーンエイジャーの頃からずっとそうで、ジャック・ケルアックの小説を読んでも、アンディ・ウォーホルのシルクスクリーンを見ても、そこで得た情報を自分の音楽的知識にフィードバックさせてましたね。  そんな常時オンの状態でも、仕事が一段落して一服する時は凄く冷静になれますね。スタジオインパクトのコントロール・ルームは禁煙なので、部屋から一歩出て、一服しながらコントロール・ルームのモニターから流れる音を聴く。その時は凄く客観的になれるんですよ。音の粗さや今の状態に足りないものとかがよく判る。だから僕にとってタバコはとても大事なアイテムなんです。心地好い一服が新しい着想と軌道修正の機会を与えてくれるし。



 僕はここ数年、黄色いパッケージのアメスピ(ナチュラル アメリカン スピリット ライト)を吸っています。質の良いタバコの葉だけを使っていて、100%無添加のタバコっていうところが気に入ってますね。タバコ本来の深い味わいを堪能できる贅沢なタバコだと思いますよ。ネイティヴ・アメリカンの伝統を守るというクラシック・フォーマットに則ってクオリティの高いタバコを製造するのは、並々ならぬ努力と製品に対する徹底したこだわり、そして深い愛情がなければ難しいと思うんですよ。だから、アメスピの製品に対する信念にはシンパシーを感じますね。僕自身、クオリティの高い作品を作り上げることの難しさを日々痛感しています。時代は刻一刻と変化し続けているし、音楽の流行も日々変動しているから、常に高いアンテナを張っていないとダメなんです。まぁ、それはどんな仕事でも同じなんでしょうけどね。  レコーディング機材もどんどんヴァージョンがアップして、まさに日進月歩の世界ですよ。機械に使われることなく使いこなすことが大前提ですけど、それはあくまでツールの問題じゃないですか。それよりも大事なのはギアの部分...機材を動かす自分自身の五感や感受性、発想の柔軟性みたいなものなんですよ。それに見合うツールを如何に選ぶかが大事なんですよね。ヴァージョン・アップしたツールを勉強するのに手一杯になるくらいなら、昔のツールを使ったほうが断然合理的ですよ。ツールを超えるのはギアであり、さらにそのギアを超えるのはアーティスト・パワーなんです。そのパワーを受けて、アーティストが発した音を至上の形でアウトプットするのが僕の使命なんだと思いますね。

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