8bitサウンドによるチップチューンを追求し続けるYMCKの新作『YMCK SONGBOOK―songs before 8bit―』は、『夢の中へ』(井上陽水)、『人間なんて』(吉田拓郎)など70年代フォークの名曲を中心としたカヴァー・ミニアルバム。切実なメッセージ性と生々しいパワーにあふれたフォークソングを、レトロなピコピコ・サウンドで再構築する。その斬新なトライアルは、チップチューンの新たな可能性を引き出している。シュガーベイブの『DOWN TOWN』を軸にした DE DE MOUSE とのカヴァー・スプリット・ミニアルバム『DOWN TOWN』も同時リリース。(interview:森 朋之)
フォークソングとチップチューンの共通点
──前作の3rd.アルバム『ファミリージェネシス』のリリースが今年の1月でしたから...。
栗原みどり(ヴォーカル・作曲):軽く半年以上は経ってますねえ。
除村武志(作曲・編曲・作詞・サウンドプロデュース・映像):ホントはもっと矢継ぎ早にリリースしていくつもりだったんですけど(笑)。
──この間にも海外でのライブがいくつかありましたよね。
栗原:はい。12月と2月に行ったんですよ。まずオランダに行って、そのあとアルバムのリリースがあって、それからワシントンに行って。
除村:ちょうどリリースを挟んだんですよね。オランダはテクノイベントだったんですよ。
──"STATE-X NEW FORMES 2007"ですね。
栗原:テクノのアーティストのほかにオルタナ系のミュージシャンも出てましたね。メインがエイフェックス・ツインで、あとはモグワイとか。
──どちらも大メジャー・アーティストじゃないですか。
除村:イベントの規模はかなり大きかったみたいです。このサウンドはオランダではどういうふうに聴かれるのか? っていうのはちょっと心配だったんですけど、みんなすごく楽しんでくれてました。
栗原:ほのぼのとした雰囲気だったよね(笑)。
除村:土地柄もあって、かなりピースフルだったんですよ。
──いろんなものが合法なんですよね(笑)。
除村:そう、だからみんな健全に盛り上がるっていう(笑)。楽しかったですよ。
──ワシントンのほうは?
除村:そっちはオランダとは全然違って、文化交流イベントだったんです。
栗原:音楽だけじゃなくて、アートとか演劇とか、いろんなアーティストが紹介されたり、パフォーマンスするっていう。蜷川幸雄さんの『身毒丸』も出演されていましたよ。
除村:それから、ロボットのASIMOとか。
栗原:明和電機さんとかね。
──蜷川幸雄とYMCKとASIMOと明和電機が出演するイベントって、すごいっすね。YMCKは音楽部門...なんですよね?
除村:そうです。ゲーム部門ではなく(笑)。
──日本の夏フェスにも、いろいろと出演されていましたが、それだけ忙しいと制作の時間を確保するのが難しいんじゃないですか?
除村:そうですね。今回の制作も、わりとタイトだったと思います。
中村智之(映像・作曲):アイデアはたくさんあるんですけどね。
除村:こういうことをやりたいね、っていうのはいくつもあって。
栗原:いろいろ話してるうちに、フォークのカヴァーっておもしろいんじゃないかってことになって。
──ということは、『SONGBOOK』はカヴァーありきの企画だったんですか?
栗原:そういうわけでもなかったんですけどね。オリジナル作品も候補の中にはあったので。
除村:今までとは違うことにチャレンジしたいっていう気持ちがあったんですよ。
中村:フォークソングとYMCKは真逆じゃないですか。
栗原:今までは好きなように作ってきたので、自分たちの世界に固まらないことをやろうって。視野を広げたいと思ったんです。
除村:それには自分たちと一番対極にあるものがいいだろう、と。ただ、フォークって対極でもありつつ、共通する部分も多いんですよね。
──フォークソングとチップチューンの共通点とは?
除村:まず、どっちもシンプルじゃないですか。フォークはアコギ1本、チップチューンは、あの電子音だけ。そうすると、上に乗ってくる言葉が重要になってくるんですよね。シンプルでありながら、言葉に重みがある。そこが通じてると思うんですよね。
意外な過去
──ちなみにカヴァーって、今までにやったことがあるんですか?
除村:ライブではやったことあるよね?
栗原:うん。それと、ちょっと前に、サエキけんぞうさんがプロデュースした、日本でいう郷ひろみさんみたいなフランスのポップスター、クロード・フランソワのトリビュート盤で『あのとき』という曲をカヴァーしているんです。音源になってるのはそれだけですね。
除村:そっちはわりとイメージが近いと思うんですよ。でも、今回はフォークですからね。思い切り男くさいところは、対極ですよね(笑)。
──そうですね。しかも遠藤賢司さんの『満足できるかな』、友部正人さんの『まるで正直者のように』も取り上げてるという、かなり濃い選曲になっていて。
除村:僕ら自身、そこまで日本のフォークに詳しいわけではないんですよ。井上陽水さんとか吉田拓郎さんはもちろん知ってますけど、あとは「よし、フォークやるべ」ってなってから調べたりとか、スタッフの中に40代の人がいるので、その人にヒントをもらったりとか。40代だと、フォークが青春って感じですよね。
栗原:曲によっては、自分たちの親の世代がちょうどリアルタイムっていうものもあって、団塊世代と団塊ジュニア世代が揃って楽しめるっていうのもおもしろいかなって(笑)。
除村:ファミコン世代とフォーク世代と言えるかも。
──あ、なるほど(笑)。フォークって、ファミコン以前の文化ですからねえ。
栗原:そう、それもひとつのコンセプトなんですよ。
除村:だいたい70年代の曲ですからね。
中村:除村はアコギの音も好きなんだよね?
除村:そうなんですよ。
栗原:除村はアコギの弾き語りをやってたくらいですから。
──え、ホントですか?全然イメージできないできないです。
除村:やってたんですよ、実は(笑)。オリジナルの曲で。
──そのルーツは意外ですね。実際、カヴァーしてみてどうでした? アコギの音をチップチューンに置き換えていくのが中心になると思うんですけど。
除村:楽しかったですよ、ホントに。やりづらい曲をあえて選ぶっていうおもしろさもあったし。
栗原:ポップでちゃんとメロディが立ってるような、もっとやりやすい曲もたくさんあったんですが、今回はいい意味で裏切るようなものを作ってみたいっていう気持ちもあったんですよ。
──そういうポップなタイプの曲はあえて外してますよね。敢えて言うなら、『夢の中へ』(井上陽水)くらい?
栗原:そうですね。なんか、「かわいい、ピコピコ」って言われ続けてると、次は思い切り泥臭いものをやってやる! っていう気分になってくるという気持ちになってくるんです(笑)。
除村:友部正人さんの曲とか、原曲は10分くらいあるんですよ。普通はカヴァーしないですよね。
中村:しかも全部ファミコンの音でね。
栗原:8bitもののカヴァー企画って意外と多いんですよ。アニソンとかが多くて、それはそれでおもしろいんですけどカブるのもイヤだし。YMCKしかやらないことをやりたいんです。
──『ぼくたちの失敗』(森田童子)や『傘がない』(井上陽水)もそうですよね。どっちも有名な曲だけど、可愛らしくカヴァーするのはまず不可能っていう(笑)。
栗原:いくつか友だちに聴かせたんですけど、みんな笑ってくれるんですよ。「なんだっけ、この曲?」って言いつつ、サビのところで「これかー」って笑うっていう。そういうリアクションが嬉しいんです。
新たな発見ができたカヴァー集
──ただ、音の数が限られてるっていうのはどうなんですか?
除村:それもフォークとの共通点だと思うんです。フォークって、アコギ1本でどれだけ表情をつけられるかっていうことじゃないですか。チップチューンも同じですからね。ファミコンの音だけで、曲の世界観を作っていくっていう。
──なるほど。
除村:あとはやっぱり、さっきも言ったとおり、言葉の強さだと思うんですよ。友部正人さんの曲のなかで、"あんた"っていう二人称が出てくるんですけど、今のJ-POPではまずあり得ないじゃないですか。
栗原:今の時代背景に合ってるのも不思議なんですよね。『傘がない』とか、今聴いてもグッときますよ。"自殺する人が増えてる"なんて、まるで最近の話みたいだし。
除村:でも、次の瞬間に"それよりも僕にとっては、傘がないことのほうが問題だ"って歌っちゃうのもすごいですよね。
──言葉の重要性というところでは、当然歌がすごく重要になってくると思うんですが。ヴォーカルという立場としては、どうでした?
栗原:辛かったです。
除村・中村:ハハハハハ。
──(笑)。無機質に歌ったほうがいいのか、感情をたっぷり入れたほうがいいのかわかんないですよね。
栗原:そこが難しかったんですよ。すごく迷って淡々と歌ったものもあれば、今までになく感情を込めたものもあって。
除村:前者は『人間なんて』ですね。拓郎さんが歌うと"人間なんてよぉ!"っていう凄みが出るんですけど、それをあえて淡々と歌ってもらうことで、どっちかっていうと"セ・ラ・ヴィ"みたいな雰囲気を出したかったんです(笑)。
──"それが人生さ"みたいな。
除村:そうそう。
栗原:だから、原曲を聴き込まないようにしたんですよ。皆さんすごく個性があるし、マネすると失礼になっちゃう気がして...。
除村:恐れ多いところはやっぱりありますからね。
──泉谷さんの『春夏秋冬』も、あのメロディは"泉谷節"ですからねえ。
栗原:それもすごく苦労しました(笑)。でも、おもしろかったですよ。さっき話に出た友部正人さんの歌じゃないですけど、"あんた"とか歌っちゃう感じを含めて。
──栗原さんの言うとおり、YMCKに対して「ピコピコしてて可愛い」っていうイメージを持ってた人はビックリするかもしれないですね。
栗原:そうですねえ。
除村:そういうイメージっていうのは、あっていいと思うんですよ。このアルバムもピコピコしてますからね、表面上は。でも、一歩入り込んでもらうと、違う世界もありますよっていう。
栗原:それは1stアルバムの頃から変わってないんですけどね、実は。ファミコンの音で可愛いっていうのはありつつ、歌詞はけっこうシリアスだったり、毒が入ってたり。今回は、そういう部分を全面に出せた気がしますね。
除村:毒ってことでいえば、さすがに70年代の曲って上を行ってますけどね。そういう意味では、自分たちの今までの流れを継承しつつも、もっと深いところに行けた気がします。
スプリットもリリース
──『SONGBOOK』と同時にDE DE MOUSEとのスプリット・ミニ・アルバム『DOWN TOWN』もリリース。こちらもカヴァーですが、内容はグッとポップですね。
除村:とは言っても、なにげに選曲がシブいんですけどね。
──『風をあつめて』(はっぴいえんど)とか。
除村:好きなんですよ、はっぴいえんど。
栗原:あの曲をダブにしちゃうっていうアイデアがすごいですよね。
除村:試しにやってみたら、すごくハマッたっていう。これは曲を楽しく聴かせるためのアレンジですね。
──『DOWN TOWN』(シュガーベイブ)は?
栗原:だいぶ前からデモはあったんです。で、今回DE DE MOUSEと一緒にやるってことで、どちらも『DOWN TOWN』をカヴァーしてみたらおもしろいんじゃないかって。
除村:これは何かを狙ったというよりは、純粋に好きな曲をやったっていう感じです。
──『ビューティフルネーム」』(ゴダイゴ)は?
除村:ゴダイゴはもう僕も中村も、ホントに好きなんですよ。
中村:はい、大好きです(笑)。どの曲をやろうか、かなり迷いましたから。
除村:『ビューティフルネーム』なんて、恐れ多いよね(笑)。
中村:これは完璧な曲ですから。こんなすごい曲、どうカヴァーすればいいんだ? って。もう判別がつかないから、「ミドリ、どれがいい?」って聞いたりして(笑)。
除村:ポップさっていうところでは、この曲が一番いいかなって思いますよ。
──でも、ゴダイゴはリアルタイムじゃないですよね?
除村:小さい頃だから覚えてないんですけど、『ガンダーラ』がガンガン流れてたのは、少し記憶がありますよ。
中村:僕は『ニルスのふしぎな旅』ですね、ゴダイゴではないんですけど。
──テーマソングをタケカワユキヒデさんが作曲してたんですよね?
中村:エンディングもタケカワさんです。
除村:詳しい(笑)。中村もゴダイゴが好きっていうのは、意外だったけどね。
中村:あ、ホント?
広がり続ける活動の幅
──でも、こうやって音楽のバックボーンが見えてくるのは楽しいですよね、リスナーとしても。ライブでやってる曲もあるんですか?
除村:ROCK IN JAPAN で『夢の中へ』をやりました。
栗原:すっごい楽しかったですよ!
除村:"ウッフッフ〜♪"って歌いながら、手を左右に振るとお客さんもみんなやってくれて。このカヴァーアルバムにも期待してもらってるみたいで、すごく嬉しかったです。
栗原:あと最近、ファミコンギターっていうのを入手したんです。
──ファミコンギター?
除村:ボディがファミコンのデザインになってるんですけど、ちゃんとギターなんですよ。アンプにつなぐと、エレキギターの音がするっていう(笑)。かっこいいんですよ。ギターのヘッドの部分がコントローラーになっていて。
──売ってるんですか?
除村:いや、1台しかないんです。個人的にいろんなギターを作ってる方がいて、その人の作品なんですよ。
栗原:しかも本業ではなく趣味で作っていて、私がネットで見つけたんですよ(笑)。「ちょっとコレ、すごいよ」ってスタッフに教えたら、連絡を取ってくれて...。ネットサーフィンもしてみるもんだな、と(笑)。
──へー! いるんですね、似たようなセンスを持ってる人が。
除村:その方がたまたまYMCKのファンの方で、ファミコンギターを貸してもらった、と。ROCK IN JAPANで初登場だったんですけど、異様にウケましたね。さらに、このギターを弾いたらファミコンの音が出るようにセッティングして。
中村:不思議な空気だったよね。「どうしてギターからファミコンの音が出るの?」って。
──おもしろいっすねえ。ぜひ、生で観たい。
栗原:一見の価値はありますよ。
除村:そういうふうに、おもしろいことをやってる人をどんどん巻き込んでいけたらいいなって思うんですよね。
──他のアートとつながれば、広がりが出ますよね。
栗原:そうなんです。
除村:HANGAME の『アラド戦記』がアニメ化されるんですけど、そのエンディングテーマと映像もやってるんですよ。キャラクターをドット絵にしちゃってるんですけどね(笑)。
栗原:YMCKのいつもの映像ですよね。ファミコンのゲームみたいな絵になっちゃってて。
中村:最初に「うち、ドット絵なんですけど大丈夫ですか?」って確認しましたからね。
除村:相当インパクトありますよ。驚く人も多いんじゃないかなあ。
──期待してます。
除村:ありがとうございます(笑)。まあ、まだまだやりたいこともたくさんありますからね。『ファミリージェネシス』はシリアスな感じだったし、『SONGBOOK』はさらにディープな感じになったので、次はパーッとハジけて、楽しい感じにしたいなって画策中です。
中村:アイデアの段階では、かなりバカバカしいことも考えてるしね。
除村:無責任なアイデアはいくらでも出てくるので(笑)。できるだけ早くカタチにしたいと思います。