一歩手前で踏みとどまるから美しい
平野:僕は今日本の音楽シーンが少しずつだけど変わりつつあると思ってるんですよ。9.11同時多発テロ以後、世界がこれだけ激動した中で、日本のロックっていうのはどれだけ人が殺されようが何しようが、それに対して無関心でいたような気がするんですよ。それが6年過ぎ、サンボや銀杏や怒髪天のようなメッセージをストレートに叫びまくるロックバンドが今の若い子達に受け入れられてきている。キリトさんもきっと変わるよ。そこで俺はあなたがソロになってこれから何が変わってゆくのかに興味があるんですよ。だってあなたの靖国問題とか明快でかっこいいわけじゃん。俺から言わせれば、靖国問題を歌えとは言わないけど、アジアの中の日本とかをもっとテーマに取り上げ発信して欲しいんですよ。あなたぐらい歌の表現力があればそういうテーマに向き合ったら面白いサウンドも詞もできるんじゃないかって気がしてるんです。
キリト:おっしゃることはよく分かりますよ。アプローチの仕方は好みだと思うんですよね。恋愛の仕方にも似ていて、人それぞれ違うじゃないですか。自分がこうだと思ったら相手がどう思うかも考えないで好きだって、土下座してやらせてくれなかったら死ぬ!って言ったら響くのかって言ったらそれは違いますよね。自分の場合は、自分も楽しみながらいつの間にかダマしたい (笑)。相手も自分も楽しみながら泥臭いことにならずに気付いたら恋に落ちていたいんです。その上で靖国問題に関して言わせてもらえば、PIERROTの『ラストレター』っていう4枚目のシングルで歌っているんですよ。それはもう正に靖国で特攻隊の制服や家族にあてた手紙見てそれで書いた曲ですからね。それをテーマにした小説も付けてっていう形で正に戦争に関して歌っている。ただそこをストレートには見せないわけですよ。ジャケットを日の丸にして、タイトルを怒りのタイトルにして、やるのかって言ったら一切そういうことしないですよね。タイトルは『ラストレター』で、そこに戦争を連想する人なんていないと思う。だけどジャケットは桜の木の写真なんですよね。もうその段階で何か感じる人はいるでしょうし、そこで見過ごす人は見過ごしていいんですよ。ただそこで手にとった人が自分が好きで聞いてたロックの音楽でスタンスもスタイルも変えないで、キリトが重要なメッセージを歌ってる。その表面は一見はラブソングなんだけど、小説と照らし合わせてみるとこういう時代のことを歌ってるのかって。少しでも感じた人がいればいい。そのちょっと感じたことが何も見えないで過ぎちゃう人はそれでいいと思う。だけど、そのちょっとした想いがどれだけその人にとって大きいかは人それぞれですよね。そしてそこをちょっとにしとく気持ちがなかったら、どんどんロックのエリアから脱線していくように僕には見える。ロックミュージシャンは言いたいことはシンプルだから歌いたいのは愛と平和だと。とにかく戦争するなとか。でも言うだけだったら誰でも出来る。その一歩手前で踏みとどまるから美しいと思うんですよ、好みの問題ですけど。もっと言わせてもらうと俺日本好きですよ。日本って国が好きだからアメリカの横暴ぶりにうんざりするしイライラもするんですよ。靖国問題も他の国に言われて何で黙ってなきゃいけないの? 単純にむかつきますよ。ほっとけ! って何で言えないの? あんまり知識がないから言えるのかもしれないし、今の世代だから言えるのかもしれない。でもほっといてほしいものをほっとけってなんで言えないんだろ。言い出せばこういう歴史や過去があってという人もいますけど、人としてほっとけってことは言えるでしょっていう気持ちはある。でもそれをそのまま出さないのも日本人の独特の良さだと思うんです。それにこれをほっとけって他国に言っちゃったら北朝鮮や中国とかアメリカの横暴さと一緒になっちゃうし。何か、その歯痒さがあるから日本人って面白いというか…。イライラするんだけどその中にこそ日本人の美しさがあるんでしょうね。
平野:あなたの本の中では、靖国問題が心の問題だったらそっと行けよ。政治家が護衛連れて行っちゃってそんなの駄目だよって言っているよね。話を聞いていて、僕は今61歳で全共闘世代だから怒りをストレートに体制とかにぶつけてきた青春を送ってきたんですよ。自分が社会に対して今現在何が出来ると考えながら、あまりにも不正義が横行することに腹を立てて学園から街頭に出た。それはキリトさんからすると、人それぞれだから今は権力の横暴に対して怒って街頭で石投げる必要もないじゃないかと言うかもしれない。でも僕は単純にこのお金万能の世界で、更には格差社会の底辺にいて、更には将来に対して絶望的なのに、何で今の若い子は怒らないの? と思ってしまう。それをキリトさんは物事には分かる人と分からない人がいて、分かる人にどう伝えるかっていうことがあなたの美学という感覚で僕は見てるんですけど。
キリト:結局はバラバラでいいんじゃないかと思うんです。ただバラバラに見えていても共通項って接してみたらあるかもしれないし、それを見つけたら見つけたでいいと思うんですよ。ただ立ち位置は政治家は政治家の立ち位置があるだろうし、警察もあるだろうし、教師もあって、ロックミュージシャンもあって、役者もあって、いろんな見るものがあるし、手に取れる自由があるわけじゃないですか。 オーディエンスの子達もいろんなモノから影響を受けるはずですよ。親でもいいし、先輩でもいいし、出来たらメディアを通して政治家やいろんな表現者のいろんな意見を聞いて欲しい。その中で全部がひとつの方向に統一したら気持ち悪いですよね。また本来政治家がやるべきことをミュージシャンがやる必要はないわけで、俺も音楽やりながら本とかで言いたいこと言ってたりするから、たまに冗談半分で「キリト君政治家になってみたら? 」とか言われたりするけどそんな気さらさらないんですよね。じゃあ政治家にならなかったら政治に関心持っちゃいけないのか、政治的なことをメッセージで発信しちゃいけないのかって言ったらそうじゃない。
音楽が戦争の抑止力にはならない
平野:僕はそういう点で言うと、長渕剛の『静かなるアフガン』はやっぱり凄かったと思う。今まで長渕を聞いてたファンがあれは嫌いだっていう人も多いですよね。でも僕は好きだった。久しぶりに反戦歌が出て、ホントに今世界がもがき苦しんでいる問題にストレートに向き合った岡林信康以来の反戦歌が出たと思ってぶっ飛んだんです。
キリト:しかしそこが難しいのが一見音楽的にはダイレクトに見えるメッセージだけど、実際冷静になって考えてみると所詮音楽なんですよね。所詮音楽でどうやっても戦争の抑止力にはなりませんよね。俺は小さい頃、ジョン・レノンがベトナム戦争の時に何か運動めいた事をやっていたのを知った。でも本当にくい止めたいなら自分自身が兵隊になるなり、政治家になるなりしての具体的な行動をしなかった事に彼の問題があると思います。それで戦争を巻き起こす政治家を首根っこ捕まえてぶんなぐるわけでもない。それで戦争を止めたとは言えないですよ。あとチャリティーに対しても自分は異論がある。いろんな金持ちのビッグアーティストが集結して売上げの何億っていうお金をチャリティーでやるって言っても、そいつらは自腹切ってないわけですよ。ギャラもらわず、売上げをそのまま寄付。ただで自分がステージ立ってる。偉そうに言ってるけどそんなことしたってお客さんの大切な金取ってるじゃないですか。その売上げをチャリティーするって胡散臭いんですよ。それなら何億も稼いでいるミュージシャンが集まって合意したなら、客から金とるより先に身銭切って寄付したらいいと思いませんか?
平野:ただねキリトさん、例えば60年代にウッドストックのコンサートってあったじゃないですか。そういった際にミュージシャンが集まってベトナム反戦を叫んだ時、戦争やって儲けている死の商人とか世界の政治家どもが恐怖し躊躇したことがあるんですよ。キリトさんの言う事は一つの正論ではある。ただミュージシャンが集まって例えばチャリティをするのは、お金だけの問題に留まらない政治的な有効性を帯びるのは知っておいて欲しいんだ。さっきも言ったように僕が何故こういうミュージシャンに注目するのかと言ったら、あなたがたが発するメッセージはどの政治家のメッセージより若い子に伝わるじゃない。これは大変なことだよ。あなたは自分の発するメッセージの大きさをちょっと小さく見過ぎなんじゃないかな? それとももっと個的なもんだと思っている?
キリト:確かに僕のやろうとする事は、常に分かりにくいと思うんですけど、長渕さんの『静かなるアフガン』と同じ時期かな。PIERROTも『スマイリースケルトン』っていう曲をシングルで出した時に、後々ラジオで流されなくなくなったりしたんです。歌詞の内容で「日いずる国より朝陽を浴び爆弾代わりに君を抱いて…」って言っていて、タイトル見てもサウンド聴いても一見するっと聞けちゃうんですけど、ちょっと待てよって歌詞カード見ながら曲を何となく聴いてると、だんだんやばく聞こえる。ジワジワくるやばさ。好き嫌いの問題ですけど、気付いたら刺さってるっていうアプローチが好きなんです。じゃないと、本当に何か言いたい時にそうしないと伝わらないことが分かってるから。実際本当に伝えたいと思ったら逆に虎視眈々として、相手に気付かれないように、相手が気付いたときにはもう手遅れみたいなところに自分が進んでないと嫌なんです。それこそ言いたいことを一方的に押しつけてもオーディエンスも感情持ってますから当然シャットアウトしますよね。そうするとみっともないというか、やってる自分も恥ずかしくなってくるから、そこの線は守りたいですね。その線をもっと具体的に言えるといいんですけど。
平野:いや、僕も実はあなたのライブをまだ一回も見てないので、本当にキリトさんがどういう立ち位置でどう表現しているかっていうのは、ライブを見るしかかないんだろうな。その点については申し訳なく思っています。でもあなたの音楽は基本的にはシンプルだよね。いい曲書いていいライブして、それが自分が一番思うことなんだっていうのは実に胸を打つんだよな。しかもあの重厚なサウンドにあれだけ圧倒的に上手いボーカルを綺麗に乗せているのは凄いよ。だから必然的にあなたに対する要求が高くなるのは許してね(笑)。
キリト:でもおっしゃられた事間違ってないと思います。長渕さんは俺も好きだし、サンボマスターも必要だと思うんですよ。今のメインストリームでチャートにぎわせてる人たちも必要だと思うし、いろいろある中でこれからの自分の立ち位置を考えるからワクワクするんで。
平野:最近いろいろと思うことがあっただろうけど、長くロックに関わってくるとバンドに解散があるのはバンドの宿命と言うしかない。それでこれから自立した自分の立ち位置をどうアプローチしていこうかっていうのはまだ模索段階なような気がするな。
キリト:その通りで模索中ですね。全然分かってない。

















