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トップレビュー格差社会のムンバイを舞台に、性格も生活のスタイルも違うルームメイト2人の友情と自由に生きる渇望を描いた『私たちが光と想うすべて』

格差社会のムンバイを舞台に、性格も生活のスタイルも違うルームメイト2人の友情と自由に生きる渇望を描いた『私たちが光と想うすべて』

2025.07.24   CULTURE | CD

映画『私たちが光と想うすべて』

【監督・脚本】パヤル・カパーリヤー
【出演】カニ・クスルティ、ディヴィヤ・プラバ、チャヤ・カダム
【原題】All We Imagine as Light
2024年 / フランス、インド、オランダ、ルクセンブルク / マラヤーラム語、ヒンディー語 / 118分 / 1.66:1 / 字幕:藤井美佳
【配給】セテラ・インターナショナル PG12

第77回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞
第82回ゴールデン・グローブ賞 最優秀監督賞・最優秀非英語映画賞ノミネート
第96回ナショナル・ボード・オブ・レビュー 外国語映画トップ5
第78回英国アカデミー賞 非英語映画賞ノミネート
第18回アジア・フィルム・アワード 最優秀作品賞受賞
第59回全米映画批評家協会賞 監督賞 外国語映画賞受賞
第90回ニューヨーク映画批評家協会賞 外国語映画賞受賞
第50回ロサンゼルス映画批評家協会賞 外国語映画賞受賞
ほかノミネート、受賞多数

© PETIT CHAOS - CHALK & CHEESE FILMS - BALDR FILM - LES FILMS FAUVES - ARTE FRANCE CINÉMA - 2024

【日本公開日】7月25日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国公開

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 インド最大の都市、ムンバイの夜。闇の中に浮かぶのは果物や野菜が並べられた市場? 荷物の集配所? ゴミ集積場? そして通りを行き交う多くの人々、ほとんどが労働者だろう。大通りをライトを光らせ走る車。電車の女性専用車両でお喋りをしたり、疲れ果て横になっていたりする女たち。音楽のように響く街のざわめきに人々の声が重なる。「ムンバイは故郷と言うには気がひける。いつか追い出されるかもしれない」、「誰もが親戚の一人はムンバイに住んでいる。仕事があるし稼げるからね」などなど。まるでドキュメンタリー映画のよう。だがドキュメンタリーとは違う。ドキュメンタリーのようなリアルと、幻想的で詩的でアートな趣が混在しているのである。
 

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 『私たちが光と想うすべて』はムンバイ出身のパヤル・カパーリヤー監督の長編劇映画のデビュー作。本作で第77回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞。インド映画史上初の快挙。前作の初の長編ドキュメンタリー映画『何も知らない夜』で、2021年にカンヌ国際映画祭監督週間でゴールデンアイ賞、2023年に山形国際ドキュメンタリー映画祭インターナショナル・コンペティション部門で大賞となるロバート&フランシス・フラハティ賞を受賞している。『私たちが光と想うすべて』は劇映画においてのドキュメンタリー的手法が見事だ。主人公たちの生活が、ムンバイという街が、淡々とリアルに伝わってくる。
 

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 映画の始まりのムンバイの街とそこに暮らす人々から、一人の女性にカメラは集中していく。主人公の一人、看護師のプラバ。真面目で寡黙、頑固そうだが周囲に気を配り、後輩たちの教育係といった存在。同じ病院の食堂で働くパルヴァティがアパートの立ち退きを迫られていると知り、弁護士を紹介して助けようとしている。
 プラバは看護師の後輩アヌとルームメイトとして暮らしている。アヌは何事も楽しもうという女性。ボーイフレンドもいる。自由で陽気、でもどこか不安定なアヌはプラバに甘え気味なところがある。
 性格も生活のスタイルも違う2人。そんな2人の日常がムンバイの街の景色と共に描かれていく。
 インドはまだまだ格差社会。家族のために出稼ぎで来た人も多い。インド中から集まった人々。宗教もヒンドゥー教が多数派だが多宗教国だ。アヌとボーイフレンドは異教徒同志。異教徒同志の恋愛はタブーとされている。一方、プラバは保守的な環境で育ち、親が決めた人と出会ってすぐに結婚させられ、間もなく夫は遠く離れたドイツに仕事を見つけ、1年以上連絡がない。恋愛期間もなかったのにプラバは夫を想っている。プラバに想いを寄せる医師もいるが応えることはしない。
 

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 雑多な人々が暮らす雑然としたムンバイを背景にした2人の日常が丁寧な描写で続いていく。アヌとボーイフレンドのスマホのやりとりで、着信音に合わせて流れてくる踊るようなピアノ曲。病院の屋上に干された風に揺れるシーツ。電車や車やバイクの音、光るライト。雨の音、風の音。それらに2人の表情、2人の感情が重なっていく。仕事、恋愛、結婚、宗教。抑圧されているし、抑圧に慣れてしまい自らを抑圧しているようにも見える。プラバもアヌも前へ進めない。
 ムンバイに祭りが始まる。更に溢れかえる人、山車に乗り込む人、踊る人。まるで桃源郷。祭りを楽しむ人は言う。
 「どん底の暮らしでも、怒りを抱かないことがムンバイの気概。幻想を信じていないと気が変になる」
 

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 場面は変わる。アパートの立ち退きを迫られていたパルヴァティは故郷へ帰ると決心、プラバとアヌはパルヴァティを故郷まで送る。そこは海辺の村。美しく広がる海と空。こここそ桃源郷。ムンバイとは時間の流れが違う海辺の村で幻想的な出来事を体験し、本心に気づくプラバ。追いかけてきたボーイフレンドと向き合おうとするアヌ。自分の足元である故郷で若いプラバとアヌを見守っているパルヴァティ。
 桃源郷のような村で現実と向き合う3人。3人の未来はどうなるかわからない。だけど確かに前へ進もうとしている、進んでいる。
 
 夜の砂浜。簡易食堂というか海辺のバー? ジューススタンド? のライトが暗闇にキラキラと輝く。波と風の音と、包み込むような音楽。そして小柄で少年にも少女にも見える食堂の主が、「好きなだけいていいよ」と言いダンスする。まるで天使か妖精だな。(Text:遠藤妙子
 

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