たったの31音でどこまでも、どこまでも、飛んでいこう。
私は26歳のとき、体調不良で会社勤めを1か月休んだことがある。その時期に自発的に始めたのが、短歌を作ることだ。
短歌の(基本的な)ルールは31音であることだけ。季語も不要だ。鬱屈した自分の気持ちを〈創作すること〉で発散させたいけれど、小説や詩はだらだら書いちゃう、俳句の17音は短すぎる…と思っていた当時の私にはとても最適だと感じられた。
私にとって短歌は〈自分を取り戻すための癒しのツール〉だった。
ところで、皆さんは短歌でトリップできることをご存じだろうか。
トリップには「旅行」と「(麻薬などによる)幻覚状態」の2つの意味がある。どちらも別世界へ飛んでいくイメージだろう。驚くなかれ、短歌は健全かつ合法的に両方の意味でトリップできるのだ。
トリップに最適な歌集の1冊として、初谷むい『花は泡、そこにいたって会いたいよ』 (書肆侃侃房)を紹介したい。
カーテンがふくらむ二次性徴みたい あ 願えば春は永遠なのか
カーテンのふくらみから幻想的な願いへと繋げた1首。二次性徴で丸みを帯びてくる自分(作者は女性)の肉体に重ねている感じもあり、若さに満ち溢れている。また、大人へと成長する現実と青春という名の幻の狭間の切なさも漂い、永遠に続く(人生の)春を願おうとする。定型の31音をわざと崩す、上句と下句の間に挿入された「あ」の気づきがまぶしい。
春を抱く どこに行ってもきみの踏む土は土だよだいじょうぶだよ
今年の春はコロナウイルスの影響で不自由な暮らしをしている人がほとんどのはずだ。外出さえも難しい日々だからこそ、短歌の世界へトリップしてほしい。架空の世界だとしても、だいじょうぶ。想像力で培われた大地は何にも侵されず清らかなままで、きみが来るのをずっと待っているから。
さあ、早く。たったの31音でどこまでも、どこまでも、飛んでいこう。
エスカレーター、えすかと略しどこまでも えすか、あなたの夜をおもうよ
ぼくはきみの伝説になる 飛べるからそれをつばさと呼んで悪いか
TEXT:星野珠青