愛する娘のために奔走する父の姿を描いた『マイ・ダディ』。愛すること・信じることに苦悩・葛藤する親子を熱演するムロツヨシと中田乃愛の姿を撮った本作。重厚なドラマを描くとともにキャストの新たな一面を映し出した本作はどのような思いで作り上げられたのか。監督の金井純一に語っていただきました。[interview:柏木 聡(LOFT/PLUS ONE)]
物語のテーマを伝えるためにこの形を選びました
――この作品は金井(純一)監督の夢から発想をえていて、最初は母親と娘の物語だったとの事ですが。
金井:はい。お母さんが植物状態で血が繋がっていない、しかも同級生と母親の血が繋がっているという何倍もシリアスな話でした。
――シリアスすぎますね。
金井:でも、その夢に凄く惹かれるものがあったんです。このままではシリアスすぎるのでテーマを残したままみんなに観てもらえるようにするにはどうすればいいかと考えたときに、娘とお父さんにしたほうがいいだろうと思いついたんです。そこから再構成していき、一気に話が出来上がりました。
――主人公の(御堂)一男が牧師ですが、この仕事を選ばれたのは何故なのでしょう。日本ではなじみがない人も多い職業なので、宗教的な作品を持たれる可能性もあると思いますが。
金井:実は最初は移動式のクレープ屋さんでした。映画化にあたって改めて脚本を練り直していく中で、テーマである「愛」「信じる」ということに1番葛藤のある職業は何だろうという話が出たんです。その話し合いの中で“牧師”が良いじゃないかという案が出たんです。「愛」や「信じる」ということを説いている人が、そのことで試されるとより葛藤が大きいだろうと思ったんです。おっしゃられる通り、牧師にすることで宗教的なイメージを持たれる可能性もありましたが、物語のテーマを伝えるためにこの形を選びました。
――実際は職業関係なく純粋な愛の物語でした。おっしゃられる通り、牧師にすることで「愛」・「信じる」といったテーマがより強く伝わってきたと思います。共同脚本に及川(真実)さんが参加されているのは村上(公一)プロデューサーからの発案があってとのことですが、及川さんをお迎えしたのは何故なのでしょう。
金井:最初に脚本を作っている時は、僕を含め男性しかいなかったんです。このままでは男性目線から抜け出せないということで、及川さんに助けていただきました。
――もう1人の主人公である娘の(御堂)ひかりを描くという面でも、女性の目線を取り入れるのは良いことだと思います。オリジナル作品でありながら、そうやって色んな視点を柔軟に受けられたのは素晴らしいです。
金井:少し変わったとしてもドラマの魅力や伝えたい事はズレないという自信があったんです。それであれば、より多くの方に観ていただける事を積極的に取り入れていこうと考えました。
絶対にいい映画にしないといけないなと思いました
――主演のムロツヨシさんはコメディのイメージが強い方です。しかも意外なことに本作が映画初主演ということにもビックリしました。シリアスなドラマでもある今作で一男役をお願いしたのはなぜですか。
金井:実は「TSUTAYA CREATORS' PROGRAM(ツタヤクリエイターズプログラム)」のプレゼン時に作ったデモ映像に出ている役者の方がムロさんに似ていたんです。
――そうなんですね。元からムロさんをイメージしてキャラクターを作り上げられたという事でしょうか。
金井:いえ、似ていたのはたまたまです。プロデューサーの村上さんがムロさんの初出演映画でご一緒されていて、お声掛けできるということでお願いしました。
――ムロさんも快諾だったという事ですが。
金井:ありがたいことに「是非、やりたい」と言っていただけました。後にムロさんから「脚本を読んで泣きました」と言っていただけ光栄でした。
――オーディションにも参加さるほどの熱量を持って望まれたといのことで凄いですね。役者の方もオーディションに審査員として参加されるというのはあまり聞かないでし。
金井:僕も初めてです。オーディションへの参加はムロさんから言っていただけたことなんです。娘役となる方を見たいわけですから、考えてみると一番いい方法なんですよね。
――確かに、並んでみて初めて分かることもありますからそうですね。
金井:代役を立てるとどうしてもイメージにずれが出てしまいますから。周りからは「凄いですね」と言われますが、出来るのであれば他のオーディションでもやった方がいいことだと思います。
――特に今回のように親子の関係では、中田(乃愛)さんとムロさんの相性が一番大事ですから。
金井:そこがこの作品の一番軸で、そこが失敗だと全部だめになってしまうんです。ムロさんだからやってもらえたというのもありますが、参加していただいたことで改めて監督として絶対にいい映画にしないといけないなと思いました。
――ひかり役の中田さんの演技も素晴らしかったです。10代の揺れ動く感情・葛藤を見事に表現されていました。
金井:現場に居た僕もそれを感じました。中田さんの持つイノセンスな感じが出ていたんだと思います。中田さんは演技経験がそれほど多いわけではないそうなのでリスクもありましたが、それを超えたムロさんと彼女のお芝居を見たかったので出会えてよかったです。劇中で泣いているシーンもあるのですが、全てを出し切ったものを見せていただけました。
――中田さんは実際に髪も剃られたそうですが、その覚悟も凄いですね。
金井:最終オーディションに残っているかたには伝えていましたが、実際は大きなことだなと思います。でも、彼女はケロッとしていました。覚悟できていたというのもあると思いますが、「切っちゃいました。」くらいの感じでした。
――髪を剃るという事は、取材で白血病の方に伺った事とのことですが。
金井:そうです。今までにも白血病を描いたドラマ・映画があってその中でも剃って表現されていますが、あれは髪が抜けたからではなく、治療で抜けてしまうから前もって剃るという人が多いそうなんです。彼女にもこういったバックボーンがあることは伝えて、実際に剃ってもらいました。
僕の思いが反映されているのだと思います
――取材から取り入れられたことという点では、“ひかり”の名前も牧師の方に取材をされて決めたとのことですが。
金井:最初は“あかり”だったんです。牧師さんに取材させていただいた際に“ひかり”とつける方が牧師の娘らしいとの事だったので、取り入れない理由はないという事で“ひかり”にしました。僕はオリジナリティを大事にしながらも、リアリティラインで沿わすべきところは取り入れていくというタイプなので名前の変更にも抵抗はなかったです。
――それだけ、世界設定がしっかりしているからこそドラマがより際立っていたという事だと思います。
金井:ありがとうございます。
――一男も奮闘していますが、この作品は女性が強い作品だと感じました。
金井:女性・母親は強いものだという僕の思いが反映されているのだと思います。男性が弱いというわけではないですが、例えば出産となると傍にいて手を握るくらいしかできないですからね。
――そうですね。父性・母性の芽生え方も出産を経験する男性・女性では違ってくると言いますからね。
金井:この映画では、父親である一男の強さも描けていると思います。一方で僕は女性の強さを描きたいという思いはずっと持っていて、あえて強くしたというより母親としての女性の強さを表現したいということも考えていたので、その点が今作でも出ているんでしょうね。
――その母としての思いがあるからこそ亡くなっている(御堂)江津子の過去のエピソードから、母親としての強さを感じることが出来ました。
金井:難しい役でしたが、奈緒さんだから出来たことだと思います。一男とひかりの血の繋がらない親子関係を知った時の葛藤している演技は素晴らしかったです。セリフで言わせるのではなく、表情や展開で伝えるということができてよかったなと思います。