「『トラボルタカスタム』リリースツアー東京公演直前、梅田サイファー決起集会!」に出演の、ふぁんく、KBD、KZ、コーラ、Cosaquの5人とお酒を飲みながらのインタビュー。サイファーっていったいなに!? という超初心者な質問から、気になるアメ村文化の話しまで赤裸々に語っていただきました。[interview:松井良太/text:はるな(Loft PlusOne West / 漁礁)]
サイファーとは一体なにか!?
──自己紹介からお願いします。
ふぁんく:梅田サイファーのふぁんくっていいます。
KBD:MCのKBDです。
Cosaqu:僕はメンバーじゃないんですけど、ここ最近の2作品でエンジニアリングさせてもらってるCosaquです。
コーラ:ラップとトラックを作ってます。コーラって言います。
KZ:ラッパーのKZです。
──皆さんはどういう集団ですか?
KBD:毎週土曜日の夜に、梅田の歩道橋でフリースタイルっていう即興で浮かんだものをラップするっていう目的で集まってます。
──いつ頃からですか?
KZ:2007年の5月27日です。
──はっきり覚えてるんですね! その時から皆さん繋がりはあったんですか?
KBD:僕は始めからいたわけではないんですけど、どうなんですか?
KZ:いや、無いっすね。俺は2回目からなんですけど、ふぁんくは1回目からいましたよ。
ふぁんく:そうっすね。
──最初の頃はメンバーの入れ替わりも結構ありましたか?
KBD:サイファーはその場に来た人が誰でも参加できるようになってるので、固定ではないですね。
──すみません…そもそも、サイファーとはいったいなんですか?
KZ:もともとは黒人たちがヒップホップをやる時に、ストリートの角とかに集まってビートボックスに合わせてラップをしあうっていう、ラフな感じの遊びというか、文化のことなんですけど。クラブとかストリートとか、その時に自然に集まってやる、おばちゃんの立ち話みたいな感じで行われるものなんですけど、日本は今、15年くらいの歴史の中で地名+サイファーっていう名前を付けて集まるっていうのが主流になってます。
──他にはどのようなサイファーがあるんですか?
KZ:(ダメレコの)渋谷サイファーが始まりで、名古屋の名港サイファーが2番目に古いサイファーかなと思ってます。ちなみにサイファーはゼロっていう意味で、円になってやるからサイファーって言うんですよ。
──どういうツールで集まったんですか?
KZ:mixiっすね。あとモバゲーとか。
──今でいうSNS文化の先駆けですよね。
KZ:たぶん渋谷サイファーや名港サイファーはクラブのカルチャーに馴染んでる人たちが集まってたんですけど、梅田サイファーの人間はクラブカルチャーにほとんど馴染みがないんですよ。最初のメンバーは韻踏合組合主催の「ENTER」っていうバトルのイベントで出会ってるんで多少なりともあるんですけど、その後に来た人たちはほとんどないと思います。梅田の初期の頃は、ライブはほとんどしないけどサイファーはするみたいな感じだったので、忌み嫌われてましたし、数年前まではヒップホップじゃない集団の代名詞みたいな空気感はシーンの中でありましたね。
──今までのカルチャーとはちょっと断絶してるという感じですかね。
KZ:理由はいろいろあるんですけど、上下関係があるからとか、ノルマが嫌やとか、怖いとか、年齢が若すぎるとか。
──それはいわゆるアメ村文化のことですか?
KZ:そうっすね。でも、これは俺の意見であって、梅田サイファーの総意ではないので。それがサイファー文化の面白いところというか、各メンバーが個を持って集まっているから、誰かがなにか言ったからって全員が同じ意見ではない、というところはおさえといて欲しいです。
──梅田を拠点にしていて、ミナミの文化は嫌でした?
KBD:僕は始めたのが25歳くらいで遅かったんですけど、逆にそういうミナミの空気感が好きでした。ラップのイメージも、「ハードコアな怖い人しかしたらあかんのや」って思ってたんです。だからやってこなかったっていうのがあったんですけど、初めて見に行った「ENTER」のバトルでふぁんくが優勝してて、その時に梅田サイファーが乱入してきて…。そういう、不良っていう印象じゃない人でもラップってできるんやっていうところからやってみようと思いましたね。
──個人的なイメージでは、不良のカルチャーの印象はあります。
ふぁんく:一番最初に自分が「ENTER」に出たときは、初めて1人で行ったクラブでバトルするって感じだったんですけど、自分はどこの地元のノリがどうなっているかはなにも知らなかったんで、とりあえず仲良くなった人と一緒に集まったって感じでした。想いがあって始めたというよりは、ラップが好きで始めたので、僕の中では同好会っていう感じなんですよ。部活みたいに練習はちょっとしんどい、でも実戦経験はない、だけど好きやからそういう人たちと語り合いたい、みたいな感じで始まったんすよ。
ラップの文化を俺らが変える
──最近は梅田サイファーとして、リリースやライブ活動が多くなっていると思うんですが、なにか変化などはありますか?
KZ:自分はみんなにやろうって声をかける方なので、そこは人それぞれやと思うんすけど…。「NEVER GET OLD」っていう1月に出したアルバムがあって、それを出す話しを久しぶりに集まった時にしたんかな?
KBD:みんな厚着してた気するから、冬やったすかね。
KZ:そう、2018年の頭くらいっすね。その時、もう梅田でサイファーしても集まらなくなってて、理由は家庭のこととかラップへのモチベーションとか、それぞれあると思うんですけど。で、その集まった時にふぁんくが、同じ曲ばっかでライブするの嫌やみたいなん言ってくれたんですよ。
ふぁんく:そうっすね。
KZ:いろんな理由があると思うんすけど、みんな歩幅がちょっとずつズレ始めてて、R-指定みたいに職業としてトップクラスになる心意気のやつがおったり、俺みたいに地道に週末ライブして音源リリースして、自分の手の届く範囲のファンと一緒に音楽やっときたいみたいなやつとか、ライブとかはいいから気が向いた時だけしたい、みたいな人とかもおったりして、そんな中で最後に1枚作っときたいなっていう気持ちで作ったんですよ。──そういう感覚でやってたら、どんどんステージが上がっていったと?
KZ:そうなんすよね。まあ、ほとんどR-指定のおかげっすけどね。ステージが上がっていったんは。自分はそう捉えてますけど。
──KZさんがみんなに声をかけたり計画を立てたりしているんですね。
KZ:俺はツアーを計画するのとか、なにかするのもただみんなで遊びたいだけなんすよ。ただ、みんなを引っ張り出すには大きなステージじゃないと集まらない(笑)。責任とお金が絡んだらみんなスケジュールが取りやすくなって、自分が遊べるっていう感覚が強いっすね。
──フリースタイルダンジョンの影響は大きかったですか?
ふぁんく:僕らは多分ダンジョンの恩恵はほぼ何も受けてないので…。
──バトルイベントへのエントリー数は増えてるんじゃないですか?
KBD:もともとその前からじわじわときてて、フリースタイルダンジョンですごく広がったんじゃないですかね。
KZ:どうすかね、高校生ラップ選手権もあるよな?でもフリースタイルダンジョンも高校生ラップ選手権も、別にポジティブでもネガティブでもないんですけど、違うところからきた外来種っていう勝手な印象はちょっとありますね。
ふぁんく:結果としてですけど、梅田サイファーがなかったら今の大阪のシーンも、全国的にもだいぶ違うと思うんですよ。
──どういったところで感じますか?
ふぁんく:梅田サイファーはフリースタイルの間口をめっちゃ広げたというか、敷居を低くしたと思うんですよ。ストリート出身じゃないやつらが梅田サイファーを見て、ああいう人らができるんやったら自分らもやりたいなって思うきっかけになってると思いますね。
──今はグループっていう感覚が強くなっていますか?
コーラ:僕は未だにサイファーの感覚があるんで、別に来ても来なくても好きにしたら良いっていうのが共通認識やと思ってるし、好きにさせてもらいます、って思っています。
──その感覚は自由で良いですよね。バンドとかだと難しいですもんね。
コーラ:そうですね、初めて参加した時に自己紹介とか無く、いきなりサイファーさせられたのはちょっとビビりましたけど(笑)。