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INTERVIEW

トップインタビュー小笠原清(『東京裁判』脚本、監督補佐、4Kデジタル版監修)- この映画にENDマークはない──常に「今こそ見るべき映画」として存在し、回答の任を果たしてきた映画『東京裁判』が、4Kデジタル版として現在に甦る

この映画にENDマークはない──常に「今こそ見るべき映画」として存在し、回答の任を果たしてきた映画『東京裁判』が、4Kデジタル版として現在に甦る

2019.08.19

 第二次世界大戦で日本が降伏した翌年の1946年、日本の戦争指導者を裁いた極東国際軍事裁判(いわゆる「東京裁判」)を、アメリカ国防省が撮影した膨大な記録フィルムを元に、当時のニュース映像や社会情勢を盛り込んで作られたドキュメンタリー作品が、1983年に初公開された映画『東京裁判』だ。裁判では、開戦時の首相、東條英機をはじめとする28人が戦犯として起訴され、「平和に対する罪」「人道に対する罪」など55項目に及ぶ罪状が挙げられた。そもそも戦勝国が敗戦国を裁くことに公平性はあるのか、そして起訴されなかった天皇の戦争責任はどう追及するのか、など多くの議論を孕みながらも、前年に始まったニュルンベルク裁判と共に世界中から注目される国際軍事裁判となった。まさに歴史の転換点でもあり、日本の戦後を決定づけた裁判と言えるが、この史実を映画にするということは、日本人自らがあの戦争を問い直し、未来を考えるための基礎を作る上で必要不可欠な作業だったと言えるだろう。

 1973年に機密資料解禁の対象となった裁判の記録フィルムの一部を、講談社が入手して映画制作を構想、監督として『切腹』『怪談』など日本映画史に残る数々の名作を手がけている小林正樹を起用した。当初1年を見込んだ制作期間は最終的に5年となり、1983年にようやく完成した映画は、公開されるや大ヒットを記録、社会に大きな話題を投げかけた。ベルリン国際映画祭では国際評論家連盟賞を受賞するなど世界的にも賞賛された映画は、当時(1983年=戦後38年)の人達が、人類にとっての最大の愚行「戦争」の本質を改めて考えるきっかけにもなった。

 この日本映画史に残るドキュメンタリー『東京裁判』が、今年8月に、4Kデジタルリマスター版として再びスクリーンで上映される。デジタル修復された映像と音声は、寄せ集めのフィルムのためあまり状態のよくなかった当初の画像を劇的に回復させ、スクリーンに映し出された裁判の映像はより臨場感を観る者に与えてくれる。鮮やかに甦った東京裁判の映像は、戦後74年目を生きる私達に一体何を問いかけてくるだろうか? 映画の脚本と監督補佐を務め、今回のリマスターも監修した小笠原清に話を伺った。(TEXT:加藤梅造)

東京裁判は裁判という形をとった政治劇だった

 東京裁判は1946年5月3日から1948年11月12日までの2年6ヶ月行われたが、この間に米軍が撮影した記録フィルムは50万フィート(170時間)を超える膨大なものだった。映画制作はまずこのフィルムを整理するところから始まった。ほとんどが英語の裁判音声を翻訳し、速記録と照合して内容を確認するという学術調査的な基礎作業が1年以上続いた。また裁判の起訴内容裏付ける戦場フィルムや戦中のニュース映像なども可能な限り収集して整理したという。

小笠原:作っている時はそれほど意識していませんでしたが、できあがって改めて観てみると、あの時代をタイムカプセルのように残す結果になったなと思います。ふだん我々は簡単に戦前とか戦後とか言いますが、多くの人は自分の断片的な知識や思い込みだけで話をしていると思うんです。でも、実際には時代の全体像を把握しないと議論はかみ合わないですよね。だからこの映画はその共通認識の資料としては最適の部類になるでしょう。特に国会議員の皆さんにはご覧いただいた方がいいですね(笑)。ちなみに公開当時は三木武夫、中曽根康弘両元首相も観ています。

 映画の序盤には「終戦の詔勅」いわゆる「玉音放送」の全文が流される。終戦時にはとても聞きづらかった音声が、今回の4K版では全く明瞭になり、ルビ付きの字幕をのせることができた。小林監督が最もこだわったシーンだった。

小笠原:天皇の「玉音放送」をテレビで断片的に見ることはあっても全文を聞く機会はほとんどないでしょう。実際にそれがどういうメッセージとして放送されたのか、それを確認しないとこの映画も始まらない。だからそれを伝える大事なシーンになっています。

 地道な資料整理の結果、重要ないくつかの発掘もあった。アメリカ人弁護人のブレークニーの発言だ。「真珠湾攻撃が殺人罪になるならば、我々は広島に原爆を投下した者の名を挙げることができる」。速記録からは削除されていたが、フィルムには残っていた。

小笠原:あれは大発見でしたね。このシーンは、自国の原爆投下を例に挙げて戦争が犯罪に問えるのかと言っていますが、このアメリカの弁護人もいい度胸してるなと思いました。僕は試写を観た日本人弁護士に聞いてみたけど、やはり彼も驚いてましたね。あの場面はアメリカの民主主義というものの底力を感じます。

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 「東京裁判」は勝者の論理で裁いたものだから不当だという主張は今でも多いが、こうした批判が法廷で戦勝国側の判事や弁護人から出ていたというのは驚きだ。

小笠原:「東京裁判」では日本が一方的に悪者扱いされたという不満をよく聞きます。さらに不公平、不当性を理由にこの裁判は認めないとする強弁もある。ただ、そう言っても、国際軍事裁判として世界中がこれを認め、裁定済のことです。ニュルンベルク裁判同様、これが軍事裁判の現実です。これまで歴史上に戦争裁判が勝者による裁判でなかった事例があるのか? 聞いたことがない。裁判の公平さという理想論から言えば、この裁判が不当だとするのはインドのパル判事の言う通り正論ではありますが、これが歴史の延長線上にある現実の軍事裁判です。さらによく言われるように、「東京裁判」は裁判という形をとった政治劇であった、そういう視点で見ると、日本と国際社会の様相が、様々な矛盾や課題がたくさん見えてくる。そこから学べることも少なくない。そういう現実も踏まえて、あの戦争が何だったのかについて、それぞれみんなが考えてみることが大事だと思いますね。

 映画は裁判の流れに沿って、満州事変、三国同盟、真珠湾攻撃など、どのような過程で日本が戦争に突き進んだかを、当時の戦場フィルムや新聞紙面、ニュース映像などを挿入して詳細に辿っていく。

小笠原:この映画の構成は3つの軸で作っているんです。1つは裁判の推移をドキュメントすること。2つめは、裁判で何が裁かれていたのかその実態を当時の映像などを使って明らかにすること。そしてもう1つ、裁判が行われた時期の日本と世界情勢がどう推移したのかをきちんと見ていく。その結果、裁判を通じてみることのできる様々な社会的な状況が取り込まれています。今回の4K版でそれがより鮮明になって観る人に臨場感を持ってもらえるんじゃないかと。実際のその場にいるような感覚を持ってもらえるように。

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今また世界中でナショナリズムのエゴが剥き出しになっている

 映画『東京裁判』はその壮大なテーマ、膨大な資料など、通常の映画制作とは全く異なる特殊な状況の中、数々の難問を解決し、また奇跡的な偶然にも恵まれて完成した作品だ。「今手をつけなければ、東京裁判体験世代としての語り伝える機会が失われるかもしれない」という小林正樹監督はじめスタッフの使命感がこの映画を完遂させる原動力となっていたと小笠原はふりかえる。

小笠原:私も小学校3年生の時に終戦を迎えて玉音放送を聞いてます。軍事国家「大日本帝国」から民主主義国家「日本」へ、国の形が180度転換したわけですから、私の人生にとっても最大の出来事でした。だからこの機会に自分も「東京裁判」を確認しておきたいという気持ちはありました。大変だったけど、いま思うと関わった意味はありましたね。

 小林監督は、BC級戦犯を扱った『壁あつき部屋』、戦時下の満州を舞台にした『人間の條件』など、その膨大なキャリアの中で戦争をテーマにした一連の作品を撮ってきた。「私はこれらの作品の中で戦争のおそろしさ、むなしさ、おろかさを一貫したテーマとして訴え続けてきたつもりである」という小林にとって、「東京裁判」はどうしても取り組まなければならないテーマだった。

小笠原:小林監督の戦争体験と密接に結びついているテーマですからね。小林監督は召集されて満州に行き『人間の條件』と同じ状況を体験している。また戦後は捕虜収容所に収容されるなど、BC級戦犯の問題も自分の実体験と隣り合わせの出来事として理解していた。だからこれらの作品は、戦争の時代を生きた人が作ったということに格別の意味があるのだと思います。『東京裁判』も戦争を体験した小林監督だからこそあれだけの充実作になった。でも、映画の制作中は、内容について監督とそれほどつっこんだ話合いはしてません。やることが山ほどあったのでそれに忙殺されてましたから。今思うと「あ・うん」の呼吸で進んでたのかなと思います。

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 映画制作に対して当初「今さら観客が興味を持つテーマなのか」という懸念も多かったようだが、公開されると社会的にも大きな話題になったという。

小笠原:熱狂的な話題になりましたね。新聞、雑誌など300近い媒体に取り上げられたと思います。また映画の性格上、文化紙面だけでなく政治面でも扱われて、「東京裁判」は国民的な関心事として話題沸騰しました。それまで「東京裁判」論の発信については、右寄りからの牽制が心配され学者や知識人は議論しづらい雰囲気があったんです。ところがこの映画がヒットしたことで、「東京裁判」が自然体で言論開放された。そういう効果もありました。映画に対しては実際に右翼からの妨害のようなことなかったですね。製作中には「こんな映画作ったら殺してやる」なんて言われましたが(笑)。試写には右寄りクレーマーも呼んで見せました。

 小笠原にとって『東京裁判』は「常に《今こそ見るべき映画》として存在し、回答の任を果たしてきた」と言う。この不朽の映画が今の時代に4Kデジタルで公開されることにどんな意味があるのだろうか。

小笠原:今また世界規模でナショナリズムや民族的なエゴが剥き出しになってきたように見えます。ある意味、第二次世界大戦の当時と非常に近似している。だから今の人達がこの映画を観てもわりと理解しやすいのではないかと思います。

 この映画にはENDマークがない。そしてラストショットはベトナム戦争の惨劇を写した有名な報道写真「ナパーム弾の少女」のカットで終わる。

小笠原:なかなか終わり方が難しくて、さんざん悩んだ結果、監督の戦争惨害の映像で締めたいとの意向で、あの写真が最適だということになりました。この映画は犠牲者に対する鎮魂というのが大きなテーマになっていますから、やっぱり犠牲者は戦争の底辺をきちんと語っているんです。「東京裁判」は二度とこういう戦争を起こしてはいけないという理想を掲げた裁判だったけど、結局、戦争惨害が繰り返えされている。それがラストの写真なんです。「東京裁判」の課題は今日にもそのままつながっているということですね。

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『東京裁判 デジタルリマスター版』

BD:¥9,600+税(品番: KIXF618~9)
DVD:¥5,800+税(品番:KIBF1637~8)
発売中 発売・販売元:キングレコード  ©講談社2018

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映画『東京裁判』

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[4Kデジタルリマスター]
ユーロスペースほか全国順次公開中
(C)講談社2018
 
監督:小林正樹
ナレーター:佐藤 慶
音楽:武満 徹
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