若松孝二に刃を突きつけないと
──後半にめぐみさんが新聞記者からインタビューを受けるシーンがありますが、あれは実際にあったことなんですか?
白石:そうです。昭和46年7月12日の読売新聞に「娘たち現代を生きる」という記事として載っています。めぐみさんが本音を語りながらも強がっている部分もあり、それらが混在した感じが出てるなと思って撮りました。強がれば強がるほど彼女の弱さが見える、そういう場面ですね。
──取材の中で「やがては若松孝二に刃を突きつけないと」と語っていますが、めぐみさんが、早く何者かにならなければと焦る気持ちが表れていると思いました。
白石:僕は若松さんに初めて飲みに連れていかれて「おまえは何を撮りたいんだ?」と言われた時、撮りたいものが何もなかったんです。それはめぐみさんもそうだったんじゃないかな。表現することって一回始めることができれば後はどんどん生まれてくるんだけど、最初の見つけ方がすごく難しい。それは僕たちの後輩に向けたメッセージでもあります。
──白石さんはもともと自分が映画監督になるつもりはなかったというのが意外でした。
白石:映画監督って若松孝二みたいな変な人がなるか、大島渚さんみたいな超インテリの人がなるものだと思っていました。でも、若松さん以外の現場で助監督をやったりすると、中には「なんでこの人が監督なんだろう?」と思うような人もいて、俺の方がもっとうまく撮れるなって気持ちもあったんです。だから、自分が映画を続けるにしろ辞めるにしろ、監督として必ず一本は撮ろうと思っていました。
──ちなみに白石さんが若松監督に刃を向ける瞬間ってありましたか?
白石:いや若松さんに対してそういう気持ちはなかったです。もちろん腹の立つことはたくさんあったけど(笑)、それは師匠と弟子の範疇なので。若松さんに刃を突きつけたとしても、それは若松孝二の劣化コピーにしかならない。めぐみさんが刃を向けるべき相手はお客さんなんですよね。本来、映画監督が向き合うべき相手は観客だから。
『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』撮影中の若松孝二監督(提供:若松プロダクション)
社会を上からではなく下からの目線で描かないと映画じゃない
──この映画を撮り終えて改めて思うことってありましたか?
白石:若松さんの映画作りってすごく自由だったんだなって思いました。人がどう観るのかは関係なく、自分の中の衝動が先で、思い立ったらすぐに撮るみたいな。今はそういう映画は少なくなりましたが、自分がそもそも何のために映画を撮るのかという事を改めて考えさせられます。最近驚いたんですが、是枝監督の『万引き家族』に対して、万引きされる側の気持ちになれっていう批判がネットにあがって、それがニュースになってたんです。そういう批判って本当にくだらないと思いますね。爆弾抱えた左翼が交番を爆破してる若松映画に対して、爆破される側の気持ちを考えろと言ってるのと同じですから。そんなこと言い出したらすべての物語は必要なくなってしまう。世の中がいかに変わったかということも感じるし、そういうことを言う奴の意見をいちいち聞いて映画を作ったらだめなんだとも思います。
──若松監督が、警察側からの視点で連合赤軍事件を描いた映画『突入せよ!』に対抗して、学生側から事件を描いた『実録・連合赤軍』を作ったのは有名な話ですよね。
白石:若松さん自身は左翼ではないけど、少なくとも警察よりは自分の身近にいる左翼の人達の方が世の中をよくしようとしていると感じていたんだと思います。若松さんがいつも言っていたのは、権力側からものを描くな、社会を上からではなく下からの目線で描かないと映画じゃないということ。若松さん自身がアウトローでしたからね。だから僕もそういう映画を作っていきたいといつも思っています。
(Rooftop2018年10月号)