待ちに待った実況録音盤の登場である。キノコホテルが創業10周年記念事業のメイン・イベントと位置づけた、昨年の6月24日に赤坂ブリッツで開催した史上最大規模の実演会『サロン・ド・キノコ〜飼い慣らされない女たち』がCD2枚+DVD1枚の3枚組仕様で満を持して作品化されたのだ。ビギナーは10年の軌跡を網羅したようなオールタイムベスト的選曲を楽しめるだろうし、コアな胞子(ファン)は妖艶なダンサーたちによるバーレスク・パフォーマンスとコラボレートすることでバンドの華やかさとダイナミズムが増強したあの奇跡の一夜を思い起こせる宝箱として四の五の言わずに必携だろう。フロアを押し分けてのトロッコ登場から全米も泣くレベルのフィナーレまで徹頭徹尾キノコホテルの旨味成分が凝縮した本作について、キノコホテル支配人・マリアンヌ東雲に訊く。(interview:椎名宗之)
当初は消極的だった実況録音盤の発売
──本年もどうぞよろしくお願いいたします。年末年始は慌ただしく実演会を開催されていましたね。
マリアンヌ東雲(以下、M):年末は立て込んでいましたけど、御用始めは1月5日の十三ファンダンゴでした。年始は普通の方と同じようにゆっくりしました。
──年始に大阪で仕事始めをするのが定例化してきた感もありますが。
M:誰が決めてああなったのかしらね? 去年、知り合いが味園ユニバースで企画した『電撃的大阪!! 〜新春お年玉味園祭り〜』というイベントに出て、その流れで今年も『味園EXPO2018 〜新春お年玉大宇宙祭り〜』に出ることになったの。とはいえ単発で大阪へ行くのも勿体無いので、その前後にファンダンゴに出たり、ロフトプラスワンウエストで『スナック東雲』をやってみたりしたわけ。
──今年の『スナック東雲〜大阪支店新年会〜』はいかがでしたか。
M:今回は前後の実演会の流れでウチの従業員3名(イザベル=ケメ鴨川、ジュリエッタ霧島、ファビエンヌ猪苗代)もホステスとして参加したんですけど、いつも通り安定のグダグダ感だったわ(笑)。自分が何を話したのかほとんど覚えていなくて、あとで酔いが覚めてから備忘録的に箇条書きでツイートしてみたけど。
──そんな『スナック東雲〜大阪支店新年会〜』でも「『飼い慣らされない女たち〜実況録音盤』が最強過ぎる」と話題にあがった今回の最新実況録音盤ですが、あの赤坂ブリッツでの実演会は創業10周年記念のメイン事業だっただけに、ちゃんとした作品として残しておきたい気持ちが支配人のなかにもあったのですか。
M:昨年の3月に『実録・ゲバゲバ大革命』という実演会の映像集を出しているので、1年も経たないうちに次の映像集を出すなんて考えていなかったの。そもそも実演会を作品にすることにはあまり積極的になれないタイプなので。赤坂ブリッツでの実演会をやるときもまわりの大人たちから「カメラを入れて、いずれは作品にしましょう」と言われたんですけど、カメラが入っていることを意識しながらステージに立つことはストレス以外の何物でもないのよね。ワタクシとしては会場へ来てくださった方のためだけに唄って演奏したいのに、「どこからどう撮られているんだろう?」とか「これが作品になったときにどう編集されるんだろう?」という雑念が入ってくるのが耐えられないの。だからそういうのはナシでやらせてほしいとお願いしたんだけど、弊社創業以来最大規模の実演会だったので、記録用でカメラを入れて、録音のエンジニアにも一応参加してもらったの。それでもしワタクシの気が変われば作品化を…くらいのニュアンスで音と画を押さえておいたのよ。
──なるほど。
M:アイドルでもあるまいし、映像集ばかりを出すのはなかなか気が進まなかったの。赤坂ブリッツの公演が終わった後もね。でも監督が撮ってくれたラフの編集映像を見てみたら、自分はステージ側の人間だからわからなかった部分…ダンサーさんたちの様子とか照明の塩梅とかが思っていた以上にちゃんと形になっていて、非常に良かった。そうなると出さないでおくのは逆に不自然だし、本番が終わった直後から胞子はもとより関係者の皆さんからも「ぜひ作品化してほしい」と言われていたし、自分としても10周年の節目であるので、これは作品化しておこうと思って。ちなみに、まとまった実演映像のリリースはこれを最後にしたいと思っているの。
──エッ!? それは勿体無いですね。
M:『実録・ゲバゲバ大革命』を出したときも実演会の映像集はこれで最後といろんな方に話していたんですけど、今回の実況録音盤が本当に最後のつもり。
──紫ベビードールのポップでキッチュなパフォーマンスや支配人の4回にも及ぶ衣装のお色直しなど視覚的インパクトが強烈だったので、映像化は喜ばしい限りです。
M:昨年『プレイガール大魔境』をリリースして、そのツアーが国内外であって、一連の流れの締めくくりとして今回の実況録音盤をリリースするのが美しい着地の仕方だと思ったの。いわゆる10周年イヤーというのは今年の6月まで引っ張る予定ではあるんですけどね。
10年間の歴史を紐解いた赤坂ブリッツ公演
──赤坂ブリッツでの実演会自体は、10周年の集大成をお見せすることがやはりいちばんのコンセプトだったのですか。
M:そうね。キノコホテルの10年間の歴史を紐解くものにしたかったし、バンドとしての成長、円熟を感じていただけるような内容にしたいという構想は持っていました。
──その構想は当初の狙い以上の成果として表れましたね。
M:どうかしら。東京公演に関しては赤坂ブリッツくらいの規模感を自分のなかではどうしても求めていたんだけど、その赤坂ブリッツにたどり着く時間がまぁ長かったこと。足かけ10年でようやくですもの。でもキノコホテルなんて世間から見るとまず長続きしなさそうな、おちゃらけた色物みたいなグループというレッテルを貼られながらも、それを跳ね返すようにずっとやってきた10年の落とし前に相応しい一夜にはなったと思うわ。
──Wアンコールで創業当初の赤いミリタリールックの衣装に身を包んだ皆さんが登場したときはこみ上げてくるものがありましたね。
M:狙い通りね。あれは「ハイ皆さん、ここは感動する場面よ!」っていうところだったから(笑)。ワタクシがあれこれ着替えて羽根まで背負ってみたりしたけど、いちばん最後はあのシンプルな初代ミリタリーにしようと決めていたの。ただあれもなんせ10年前の衣装だからつんつるてんで、色も褪せてるし、近くで見ると酷いものなのよ。ちなみに10年前には入社していなかったジュリ島さんの衣装はこのツアーのためだけに新調しました。衣装さんに当時の生地になるべく近いものを用意してもらって、縫製前に何度も洗って風合いを出してもらったの。
──そうだったんですか! 初回生産分に封入された写真集の最後のページで、従業員やダンサーの皆さんと並んだ支配人がフロアに手を振りつつ、裾がめくれないように片手で押さえているポーズがなんとも萌えポイントなんですが(笑)。
M:だってしょうがないじゃない、手を挙げるとデルタ地帯が丸見えなんですもの(笑)。演奏中だったらいいけど、カーテンコールで見えるのはさすがにマヌケじゃない? まぁ、片手で隠しているのも充分マヌケですけどね(笑)。
──支配人がお召しになっていた黄色いワンピースは、平山みきさんから譲り受けたものだとか。
M:そうなんです。去年か一昨年だったか、みきさんが過去の衣装や不用品を断捨離されたの。そのときにワタクシもたくさんいただいて、そのなかにあのワンピースが入っていたんです。ちょっと60'sっぽいラインの、プレーンの黄色いワンピースだったんですけどね。それをリメイクして着させていただいたの。ワタクシはプライベートでも赤か黒ばかり着ているし、黄色い服なんて人生でほとんど初めて。そうやってあまり着たことのない服を着るとか、キノコホテルとしてそれまでしたことのないことをするとか、既存のものにとらわれずに新しい自分をどんどん知っていきたい気持ちが常にあるのよ。自分はこうであると頑なに守っていきたい部分と並行して。あの黄色いワンピースを着たのはその思いの象徴だった気もする。それにせっかくみきさんからいただいた服ですし、みきさんの服を着たらこの10周年記念の実演会もなんとかやり遂げそうな気がするという気持ちもあったわね。
──当日、ぼくは二階席でステージを拝見したんですが、すぐそばにアーバンギャルドの浜崎容子さんがいらしたんです。浜崎さんがステージをグッと見入る姿が同志もしくは戦友のようで、浜崎さん越しに見えるステージになんだか余計に感動してしまったんですよね。
M:彼女はライブの後にメールで感想をくれて、たしか6月の末くらいに2人でお酒を呑みに行ったのよ。そのときに赤坂ブリッツ公演を見て刺激を受けて、自分も頑張らなきゃと思ったという話をしてくれたの。それはとても嬉しかったですね。