活動開始後、関西のライブハウス・サーキットイベントでは入場規制が当たり前となり、『COMIN' KOBE』『SAKAE SP-RING』にも出演するなど、その勢威を東京に轟かせつつあるココロオークション。昨年は初の全国流通盤をリリースし、Twitterで数多くの芸能人も彼らのファンであることを公言している。東京だけでなく全国区のバンドになるつつある彼らが繰り出す、めまぐるしいほどの"これまで"と"これから"を今一度振り返っておきたい。迫り来る西の勢力若手代表と言っても過言ではないココロオークションの"今"を見逃すな![interview:上里 環(下北沢SHELTER)]
──ココロオークションというバンド名にはどのような思いが込められているのでしょうか。
粟子真行(vo, g):「オークション」には、「競売にかける」という意味の他に「価値を高める」という意味があり、僕らの音楽で聴いていてくれるみんなの心の価値を高めたいという思いが込められています。
──本格的に活動を始めた2011年、関西最大の音楽コンテスト『eo Music Try 2011』に出演し、KANA-BOONを始めとする強豪を相手に見事グランプリに選ばれるという華々しい経歴からスタートしています。今、当時を振り返ってみて如何ですか。
粟子:バンドをちゃんと仕事にしようと思えるきっかけをくれたコンテストでした。どこまでできるか試してみようというところから僕らはスタートしているのですが、このコンテストは投票というシステムがあったので、周りの人の協力なしでは絶対に決勝まで進めなかった。この時、本当に心の底から、周りの人のおかげで僕らはステージに立てて、演奏できるんやなぁと思えたんです。そこで賞をもらえたら、本気でやるって決めて決勝に臨みました。最近、KANA-BOONを見る機会があったんですが、当時からやってることが全然変わっていなくて。自信になってますし、嬉しいですね。ちゃんといい音楽を鳴らし続ければいつか絶対芽が出ると言い聞かせているんですが、そのことを証明してくれているような気がするので。
──『eo Music Try 2011』をきっかけに数々のサーキットイベントで入場規制をかけるなど、関西ではグイグイ知名度を上げてきました。初めて東京でライブをやった時、ギャップは感じましたか。
粟子:初めての東京は台風が直撃して交通機関が動かなくなるといったことが起きて、片手で数えるほどのお客さんにしか見てもらえなかった。動揺してしまって、全然ダメダメなライブをしてしまって悔しかったです。対バンには「いい曲だね」って言ってもらえたのですが、こんなもんじゃないんだぞ! と。でも、実際ダメだったので…本当に悔しかったです。あとは長時間、車での移動なので、いざ本番で声の調子が悪いということが多くありました。
──AKB48のメンバーやモデル、お笑い芸人など、いわゆる芸能人もTwitterなどでココロオークションのファンだと公言していますが、もともと繋がりはあったのでしょうか。また、そこから起こった印象的な出来事があれば教えて下さい。
粟子:もともとの繋がりは一切なかったです。ある日、AKBの子のブログでココロオークションのことを書いてくれて…。びっくりしましたね。CDのジャケットの写真と共にブログに僕らのことが書いてあって。たまらなく嬉しかったですね。初の全国流通盤だったんですよ。CDが売れるのか心配だったんですけど、AKBの子まで音だけで判断して買ってくれるなんて。そんな人たちが日本全国にいるってことなんで。音楽をやっていて良かったなと思える瞬間です。
──これまで、毎年ミニ・アルバムをコンスタントにリリースしてきたココロオークションですが、今回は初のシングルを両A面という形で発表されましたが、まずこの2曲に関して、作詞作曲やアレンジで心掛けたことはどういったことでしょうか。また、2曲を対比させて解説するとどのようになるでしょうか。
粟子:常に新しいことにはチャレンジしているので、どちらも今までやったことのないココロオークションを出そうと試みました。『ターニングデイ』はめちゃくちゃ速いテンポで、言葉を何回も繰り返すことにチャレンジしたし、『プリズム』は人工的なサウンドを出そうと試行錯誤しましたね。派手さを意識しつつも、何回聴いても飽きないようにしたいなぁと。この2曲は、内容は同じなんですよ。それを陰と陽の別々の角度から見ているって感じですかね。どちらも「そこにいてくれてありがとう」って曲なんですけど。『ターニングデイ』は、「いなくなって寂しいやんけー。なんでやねん。くっそー!」っていう行き場のない気持ちを消化しようとしている曲で。『プリズム』は「出逢えて良かったね。ありがとう」ってことをただもうシンプルに唄っています。最初は全然違う曲として書き始めたんですけど、レコーディングが終わった段階で改めて歌詞を読み返して聴いてみると、あれ? これひょっとして同じこと唄ってるやん…という具合で、そこで気づきました(笑)。ちゃんと対になっている! と。自分で感動しましたね。
──当初、限定2,000枚で販売を予定していたところを、予約が殺到したため3,000枚に変更されたそうですね。それは凄い期待値であることの証ですが、このインタビューがお客さんの目に届く頃にはもう店頭に在庫がないかもしれません。買えた人たち、そして買えなかった人たちに向けてメッセージをいただけますか。
井川聡(ds):予想以上の反応があって、僕らもビビりました(笑)。本当にありがたいです。毎回思っていることですが、CDを擦り切れるほど聴いて欲しいし、ライブに来て欲しい! 今回は枚数限定なので、もし購入できなかった方がいれば友人に借りるなどして聴いて欲しいですね。
──スピッツや東京カランコロンなど、錚々たるバンドと関わってきた竹内修氏が“armchair directive”として参加されていますが、具体的にはどのような行程で関わっていたのでしょうか。
粟子:すべてメールでのやり取りになります。シングルの話がまずあって、こんな曲できてますーってのを聴いてもらって、アドバイスをもらいつつ、バンドで合わせたものも聴いてもらって。曲が決まれば、あとはメロディやコード、歌詞の符割などをいくつか提示して選んでもらうっていう形ですね。「こういうアイディアがあるんだけど、試してみたら?」っていう提示を竹内さん側からいただくこともあって。何回も何回もやってると自分での判断が難しくなってくるので、とても心強いです。
──『TURNING-DAY』と銘打たれた今回のツアーも本誌が配布される頃には折り返し地点です。これから先、どんなツアーにしていきたいですか。
井川:うまくいってるといいなぁ(笑)。今回久々に行く地方もあるので、さらにパワーアップしたココロオークションを楽しみにしていて欲しいし、僕らも全力で僕らの音楽を届けに行きます。最後まで駆け抜けます。
──ツアーのFINALシリーズは東京、名古屋、広島、大阪でのワンマン・ツアーとなっています。特に大阪以外は初となるワンマン・ライブです。その一発目となるSHELTERでのワンマンですが、会場を選んだ理由は何でしょうか。
粟子:ここ1年、東京で一番お世話になっているライブハウスだったこと、そして、スタッフ、音響、照明、すべてが素晴らしく、東京で初ワンマンするならココ! と真っ先に頭に浮かびました。
──関西の若いバンド・シーンが盛り上がっていることを肌で感じる今日この頃ですが、ココロオークションのみなさんから見てどうお考えですか。また、これから周りのバンドも含めて東京に進出して、そこから先、成し遂げたい野望など、どんなことを考えていらっしゃるでしょうか。
井川:本当に今の関西バンドの勢いは半端ないですよね。でも、焦って方向性を変えることはしたくなくて、いいものは吸収し、自分たちの音楽をやり続けることを意識しています。全国どこのフェス、どこのライブハウスでも、常に会場を満員にしたいです。最終目標はやっぱり武道館。
──各地でのライブ、そしてワンマン・ツアーに向けて何か秘策があれば、言える範囲でお願いします。
井川:しっかり通い続ける、そして見てくれるお客さんにちゃんと自分たちの音楽を届ける! それだけですね。今日が最後! という気持ちで1本1本のライブを大切にすればいいと思います。
──残りのツアーを楽しみにしているファンの皆さんに一言、そして来ようか迷っている人たちに後押しのメッセージをお願いします。
井川:折り返しということは、みんなに嬉しい発表事とかも増えてるかと思います。勢いそのまま、FINALシリーズまで全力で駆け抜けるのでよろしくお願いします。ライブに来ようか迷ってる人! 少しでも迷ったら是非来て下さい!