ライブもあまりしていない、リリースもない、そんなバンドのデモ音源が、YouTube上で数万件という異例の再生回数を記録していた。
2ちゃんねる、YouTube、ニコニコ動画...ネット配信を駆使して、インターネットの中でじわじわと知名度を上げ、2009年後半はサマーソニック出演をはじめ、ライブハウスシーンを席巻しまくった「神聖かまってちゃん」がついに正式音源をリリース!
ネット上で著名なアーティストから2ちゃんねらーにまで大絶賛された『ロックンロールは鳴り止まないっ』他、かまってちゃんの代表作と言える7曲を収録した本作は、センセーショナルな話題先行になりかねない神聖かまってちゃん本来の魅力である、キラキラしたメロディーと繊細な言葉を十二分に伝えるロックアルバムとなった。
これまでの常識であてはめることはできない「神聖かまってちゃん」。2010年という節目の年となり、そんな時代を象徴するアーティストとなるであろう。
現在、ライブハウス界隈やらネット界隈やら、とにかく話題をかっさらっている神聖かまってちゃん。普段、いわゆる"歌もの"とか"ギターロック"を聴いてる自分は、音源を聴く前からどこか理解するのが難しいバンドなんじゃないかと思っていた節があった。その先入観は、どの場面で植わってしまったのかが未だにわからない。ただ、今回リリースされる『友達を殺してまで。』を手にした時、もしかしたらやっぱりわからないと思うかもしれないけど聴いてみようと思ってプレイボタンを押していた。
1曲目『ロックンロールは鳴り止まないっ』のイントロ部分である、美しいピアノの旋律に衝撃を受け、これまで先入観だけで少し遠ざけていたことを悔しいと思うほどだった。もっと聴く人を限定するような音楽だと思っていたが、ボーカル以外の音だけを聴くと、それはとても繊細で緻密に作られているということに気付く。『ロックンロールは鳴り止まないっ』での流れるようなピアノのメロディー、リードギターのヒリヒリとする質感などは、そうそう! これこれ! という、聴き終わって拍手を送りたくなるような楽曲だった。2曲目の『ぺんてる』では、歌詞からは失望や絶望が伝わるのに、なぜか喜んでいるかのようにも感じる華やかなサウンドの面白さ。タイトルからどうしようもない感じを受ける『死にたい季節』や『学校に行きたくない』では、ボーカルに最初から最後までエフェクトがかけられ、歌そのものに無表情を感じ不気味にさえ思う。特に『学校に行きたくない』は打ち込みが入ったグシャッとしたサウンドに、同じフレーズを何度も何度も歌い、聴いてるこちらがなんだか悪いことをしている気持ちになり、「ゴメン、許して」という気持ちがじわりと広がった。『ゆーれいみマン』での1フレーズ《かまってもらいたいだけなんだろぅ? 早く死ねよボケっっ!》という、非情ともとれるこの言葉は、まさに誰かれ構わず匿名で投稿をするネット社会から生まれた言葉だろう。余談だが、私は匿名で投稿するネットというのに共感を持てない。匿名で攻撃するんだったら、直に言ってきてくれたほうが潔いし、顔の見えない者同士だから言えるという繋がりだったら自分には必要がないものだ。
話はそれてしまったが、ここまで書いていて、なぜ自分が神聖かまってちゃんに興味を持ったのか少しわかった気がする。すでに書いた通り、希望が一切感じられない歌詞とは反対の華やかさのあるサウンドという面白さ。ギター・ボーカルの、の子氏から放たれるギリギリ感。そして、自分も不安や悩みや焦りなどいろいろ抱えているけれど、の子氏の書いた詞を読んだり叫びともとれる声を聞いたら、「死にたい」とまでは思ったことがない自分の悩みなんて、もしかしたらすごくちっぽけなものなんじゃないかという気持ちになった。だからと言って共感をしたわけではないが、彼らの詞の世界や音楽にもう少し触れてみたいと思った。
ライブもかなり衝撃的だすごいと、そしてどうやら本当に壮絶だという噂もちらほら聞いている。人が表現できる限界、そしてライブと聞いて想像する限界ははるかに越えたステージなのだろう。次は、一度見に行こうと思っているが、なんだかゾクゾクする。(text:やまだともこ)