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INTERVIEW

トップインタビュー【復刻インタビュー】小谷美紗子(2007年6月号)- 至上のピアノ・トリオが紡ぎ出す、まっすぐで心に響く"うた"

至上のピアノ・トリオが紡ぎ出す、まっすぐで心に響く“うた”

2007.06.01

紛うことなき名作の誕生である。小谷美紗子の通算9枚目となるオリジナル・アルバム『Out』。『adore』『CATCH』に続き、玉田豊夢(ds)、山口寛雄(ba)が参加する鉄壁のピアノ・トリオによって制作されたセルフ・プロデュース作品としては3作目となる本作は、楽曲のクオリティ、確固たるアンサンブル、無防備なまでに剥き出しになった瑞々しい歌声、そのどれを取っても過去随一だ。「『Out』を聴いて、天狗になるのも無理はないなと思っていただければ最高に幸せである」という小谷自身の言葉からも、その絶対の自信のほどが窺えるだろう。これほどまでに彩りが豊かで柔らかく、力強くも儚く、透徹したまっすぐな歌を僕は寡黙にして知らない。内なる情念を一気に暴発させ、小谷美紗子は大切な人同士の平和を願いながら尚も声を嗄らして叫び続けている。「楽しみはありますか、好きな人はいますか」と。(interview:椎名宗之)

この3人でできることがまだまだある

──前作でピアノ・トリオ編成は極めた印象があったんですけど、今回もこの編成で行こうと当初から決めていたんですか。

小谷:そうですね。まだまだできることがありそうな気がしたので。それは前作のツアーを終えた後も感じてましたし。

──この3人でできることの可能性をもっと伸ばしていきたいというような…?

小谷:伸ばすっていうよりも…私はとにかくいい曲を書きたいだけなんです。2人とも凄くいいミュージシャンなので、彼らのいいところと私の曲のいいところが合わされば凄いものができると思ったからやっています。

──で、また凄いものができてしまいましたね。

小谷:はい、こうして(笑)。

──前作のアルバム・タイトルが『CATCH』で今回が『Out』、シングルは前回が『Who』で今回が『YOU』と、何か関連性があるのではないかとつい深読みをしてしまうのですが。

小谷:前回の「Who」は特定の誰とかいうのを隠して美しい部分だけを表現した曲だったんですけど、今回の「YOU」は具体的な曲になってるんですよね。でも、それは同じ人に宛てて唄っているわけではないんですけどね。

──先行シングルとしてリリースされた「YOU」は、このトリオ編成が生み出した過去最高のポップ・チューンだと思いますよ。

小谷:ありがとうございます。曲を書く段階でメロディとかは自由に書くんですけど、やっぱり編成の入り口と言うか、ベースラインはこんな感じとかいうのが段々自分でも判ってくるようになって。それもあって、アレンジもしやすくなったし。

──曲作りの段階で、玉田さんならこう叩くだろう、山口さんならこう弾くだろうとイメージしながら作る感じですか。

小谷:はい、そうですね。

──レコーディングに入る前に、曲の青写真というのは小谷さんの中でかなり細かくできているものなんですか。

小谷:いや、頭の中だけなので何となくなんですよね。具体的な説明の仕方が判らないから、大まかな感じで伝えるんですけど。だからそんなに細かい感じではないですね。

──「YOU」が「タイムマシーンはいらない」と今この瞬間を渇望する歌なのに対して、シングルのカップリング曲である「オオカミ(trio.ver)」は彼の学生時代に戻って当時の彼女にモノ申すという、実に対照的な歌詞ですよね。

小谷:ええ、全く逆のことを唄っていますね。でもよく考えると、「オオカミ」も穏やかでいながらちょっと怖いことを唄っているんですよね(笑)。

──「オオカミ」は『うた き』('99年3月発表)に収録されていた曲ですけど、この3人でやればまた違った魅力が引き出せると踏まえて再録したんですか。

小谷:そうですね。『CATCH』のツアーだとか他のイヴェントに出るちょっと前くらいに、昔の曲をトリオでやってみたいということになって。「生けどりの花」とか激しめな曲はトリオでもできたんですけど、静かな曲でトリオにハマる曲がないかなぁと思って、「オオカミ」をやってみたら“これはかなりいいな”と。

──なるほど。今、ステージで昔の曲をやる比率はどれくらいなんですか。

小谷:ワンマンだと、半分くらいは昔の曲ですね。

──昔の曲をトリオ編成でやるとなると、やっぱりアレンジしづらいものなんですか。

小谷:フル・バンドでやってるアレンジとかはギターがいないだけでだいぶ違うので、同じようなバンド・サウンドにしようとすると絶対に寂しくなっちゃうんですよね。だからアレンジを最初から変えるとか、逆にシンプルにして隙間をたくさん作るとかしています。やっぱり練り直さないと難しいですね。

戦争もごく身近な諍いも同じくらい辛い

──せっかくの機会なのでアルバムの収録曲を一曲ずつ追って訊いていきたいんですけど、まず何がびっくりするかって、1曲目の「消えろ」がいきなりドラム・ソロから入るっていう(笑)。しかも、あんな性急なビートで。

小谷:(笑)それ、他のインタビューでも言われたんですけど、そんなにびっくりすることなのかな? って。確かにテンポは今までで一番速いですけどね。ドラム本人も「エッ、ソロから行くの?」って言ってましたけどね(笑)。

──必ずしもピアノが主役ではない、それが小谷さんの考えるトリオの在るべき姿ということですか。

小谷:曲を書いている時点で、そういうドラムが私の中ではずっと聴こえてたんですよね。だからトリオだとかトリオじゃないとか言う前に、曲の前奏としてドラム・ソロが必要だから「やってよ」って言って。レコーディングの時も、ドラム・ソロは後にしてとりあえず本編をちゃんと録るっていうのが普通なんですけど、それだと勢いが途切れるような気がしたから「ソロからやって下さい」と。そのまま本編まで一発で録りました。

──今回はそういう録り方が多かったんですか。

小谷:そうですね。“せーの”で。歌だけあとでちょっと直すとか、ベースを一小節直すとかはあったんですけど。

──どの曲もそれほどテイクは重ねていない感じですか。

小谷:ほとんど2、3回ですね。やっぱり新鮮さを大事にする3人なので、こなれてきて上手になって、カッチリしたミスのないテイクになっても、それだとやっぱり何かが足りないと思っちゃうんですよね。精神的にいいと思えるテイクを一番大事にするので、結局一番最初のテイクがいいねっていうことになるんです。

──「消えろ」のプレイは、山下洋輔トリオを彷佛とさせるスリリングさとスピード感が大きな特徴ですよね。

小谷:おおー、それは凄い(笑)。

──「どうせいつか死ぬんだし、今は辛くてもこの苦しみには必ず終わりが来る」という、唄われている内容は凄くヘヴィですよね。そんな歌を1曲目に持ってくるのがまた小谷さんらしいと言うか(笑)。

小谷:そうですね(笑)。困難な状況で息を切らして走っている人達に向けたメッセージ・ソングなんです。

──そして「YOU」ですが、この曲を完成させるために『adore』『CATCH』という作品があったのではないかとすら思える名曲ですね。清々しさのある一方で、血の匂いもするような曲で。

小谷:そうですね、両方持ち合わせた感じで。

──タイトル・トラックの「Out」は、小谷さん自身の解説によると「宗教の違いによって別れることを選んだ愚かな2人の曲である」という非常に切ない曲ですね。

小谷:これも根深いですよね。日本でも、口にしないだけでいっぱいあると思いますよ。そういう理由で大事な人と別れるのは凄くつまらないことだよっていうことを唄いたかった曲ですね。

──宗教観の違いもそうですが、つまらぬ先入観で物事を線引きしてしまうところは誰しもありますよね。

小谷:そうですね。そういう些細な線引きとか小さな差別とかが大きくなって、戦争とかにも繋がっているんじゃないかなって。でも、戦争もごく身近な諍いも、同じくらいに辛いことなので。だからどっちにも目を向けて欲しいと思いますよね。

──「笑う明かり」は本作の中で最もメロディアスで、いろんなことを先延ばしにしてしまう自分を蝋燭の炎がせせら笑うという、これもまた美しくも翳りのあるナンバーですが。

小谷:(笑)これは男の人に人気のある曲ですね。

──ああ、女性の視点と男性の視点はやっぱり違うものなんですかね。

小谷:そうですね。シャイな男の人とかが良いと言ってくれますよ。「消えろ」「YOU」と暴れ放題暴れた後でこの曲があると、凄くバランスがいいと思います。

──「fangs」と「mad」の2曲は、とりわけ意欲的なアレンジやアイディアが凝縮された曲ですよね。

小谷:「fangs」は、ベースもドラムもやったことがない曲と言うか。いろんなミュージシャンとやってきたけど、この曲はどうしたらいいの? みたいな。だから余計2人が面白がって、「難しい、難しい」って言いながら喜んでて(笑)。

──ということは、小谷さんがSで、玉田さんと山口さんがM気質なわけですね(笑)。

小谷:そういうことになりますね(笑)。

──この編成で3作目ともなると、お2人からアレンジの意見が活発に出てくることも多々ありますか。

小谷:そうですね。ドラムのトムくんはいろんな音楽を知っていて、何かを参考にするとかいうのは通用しない人なんで、とにかくいろんなパターンを試してみるとかは言ってきますけどね。ヒロくんは…「俺どうしたらいいの? どうしたらいいの?」って(笑)。そう言いながらいつも凄くいいベースを弾いてくれるんですけど。

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