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INTERVIEW

トップインタビュー【復刻インタビュー】「恋する幼虫」公開記念 井口昇 ('04年1月号) - 恐怖と性的なものの入り交じった記憶の原点の方に惹かれるんですよ

恐怖と性的なものの入り交じった記憶の原点の方に惹かれるんですよ

2004.01.31

 スカトロビデオはまぁ通常人なら引いてしまうものだ。しかし井口昇監督がこれまでに撮影してきたスカトロ作品は他の作品とは異なっていた。初めて招かれた彼氏の家で腹を下し、嫌われたくない一心で漏らした便を口に含んでしまう女心...文章にすると笑ってしまうようなシチュエーションだが、状況の異常さを補って余りある緊迫感と、感情描写に「泣けた」。そしてこんな作品を撮れるのはただ者ではない、と思ったのだ。そんな井口監督が放つ「一般映画」の第2弾、『恋する幼虫』について、とことんお話を伺ってきた。(TEXT:多田遠志)

自分の生理に忠実に撮ろうと思った

──『恋する幼虫』の製作会社イメージリングスは、本来既存映画の上映等をメイン業務にしてましたよね。それが何故新作映画をプロデュースすることに?

しまだゆきやす(プロデューサー/以下、しまだ):特に計画はなかったんですよ。まず井口君ありきで。昔から、なんか偶然なのか井口君と一緒の現場で仕事することが多くて。これはいつか一緒にやりたいな、と。彼の『クルシメさん』はヨソでやられちゃったから、『続クルシメさん』とかやりたいなぁ、と。同じ話なんだけどね。規模の大小の問題で。

──今回の『恋する…』には大人計画の役者さんが、多数出演されてますが。

井口昇(以下、井口):10数年前、舞台の劇中映画に僕がエキストラで参加したのがきっかけで、だんだん舞台とかにも上がらせてもらって、その縁で…。ただみんな今は有名になって、なかなかスケジュールが取れなくて。松尾スズキさんなんか超多忙で。主演の荒川良々さんと新井亜樹さんなんか、「いつ2ショットのシーン撮ったらいいんだ」って状態。もう、ダメだったら『死亡遊戯』のブルース・リーみたいに荒川さんの顔ハメ込みで使おうかと思いましたよ。脚本も「あの人に話させたら面白そう」とかって感じで書いてたんで。その場でのアドリブも多いですね。松尾さんなんかもう完全アドリブ。ホン読んできてないし。

──長時間の正座で足の痺れた女性とか、井口さんの作品によく出て来るフェチなものが、今作でもよく出てきますが…。

井口まず自分の生理に忠実に撮ろうと思ったんですよ。自分がヌケる、そういうのは既存のAVにはないから。好きなものを正直に出すだけ出して、まず自分が観たいものを撮る、ってことで。お客さんに「なんじゃコリャ」と言われてもかまわない感じで。自然に楽しんで演出してしまっていますね。お客さんの内100分の3でもピンと来てくれる人がいればと思います。ただお客さんに見せるからには、娯楽映画的な側面も入れて行かないといけないから。

──最近の自主映画では8mmからDVへの移行が目立ってますけど、この作品も全編DV撮影ですよね。何かその辺にこだわりとかはあるんでしょうか?

井口AVの仕事してから、VはVで遜色ないな、と思いまして。まぁ、画質調整して生々しくないようにしましたけど。

しまだある種フィルムの独特さ、オーラみたいなものってあると思うけど、シナリオの良さの前にはツールは関係ないよね。

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観た人のトラウマになりそうな映画を作りたい

──吸血行為や連続殺人など、「ジャンルもの映画」の影響が多分にあると思うんですが。

井口すごく個人的な、私小説的世界を踏まえた作品なんだけど、でもそれだけでは客を喜ばせられない。その娯楽のための「ジャンル」なんですよ。日本のATGとかの暗い奴…『吸血鬼ゴケミドロ』とか『女囚さそり』とか、そういう映画のショックシーンの様に、何か観た人のトラウマになりそうな映画を作りたいと思っているんです。個人的には薬師丸ひろ子や原田智世の出ていた頃の角川映画のテイストにしたかったんですよね。──なるほど。女性と言えば、冒頭の主人公に強烈な性的トラウマを与える年上の女性と、同窓会で再会し何故か好意を寄せて来る美少女...。井口さんの「お姉さん的な女性」の描き方が、非常に印象的でした。

井口アレはかなり無意識に演出してますね。年上の女性に対する憧れと恐怖。唯野未歩子さんと乾貴美子さんはまさにその系統で。自分の中のM的な願望で、いじめられたいのかも知れない。逆に彼女たちをひどく扱う事で、昔観た『八つ墓村』に出てた小川真由美みたいな色気ムンムンの女性に興奮してしまっていた自分に復讐しているのかも知れないですね。

──直接的な性交のシーンはまったくないですよね。なのにとてもエロティックな映画です。それは井口監督の描く吸血行為が凄く性的からだと思うんですが。よく出来た吸血鬼映画という感じもします。

井口「本来SEXってこういうものなのかな」っていうようなもの、いわゆる普通のSEXのよろこび、ってのが正直僕にはよく分からないんですよ。「これでいいのかな?」って。それよりも幼少期によく分からないけど興奮した性的なすり込み、永井豪の漫画や『仮面ライダー』で島田陽子がコウモリ男にさらわれる所を観てた時のよく分からないドキドキ感、そういう恐怖と性的なものの入り交じった記憶の原点の方に惹かれるんですよ。男と女のドロドロしたもの、それを直接描かない、描けないがためのニュアンス…「吸血」がそれに一番近かったと。

──最後は凄く壮大な話になります。黒沢清の『回路』を思わせるような。

井口これもやっぱり幼少期のすり込みなんだろうけど、「主人公2人が取り残される世界」ってのが好きで…。ゴケミドロとかデビルマンとかの。それが何か自分にセンチメンタルなものの記憶として残っていて。映画全体の展開としては矛盾してたりするのかも知れないけれども、やっぱりそれが一番おさまりがよかったんで。あと、日本映画は小さい話が多いから。ストーリーが広がって行く事に重きを置いたってのはありますね。漫画家と担当編集の間の互いのコンプレックス、という小さい世界から、地球全体を揺るがす話にまで広がって行く、と言う。

──世界規模の大惨事の中の小さな個人、というと『サイン』を思い出しますね。

井口大好きなんですよ『サイン』。世界が滅びかけているのに一軒家だけの話で…。『恋する~』も「金は無いけどスケールだけはデカい」物にしようと思いましたね。

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生きて行く上での不条理と、娯楽

──今後の展望について。

しまだ映画を撮る事のゴール、目的や動機が、よくわからなくなっています。映画を撮りたいけどどうしたらイイか、とか。「邦画はツマンない」って思っている若い人は可哀想だよね。そんな人たちに映画の「ワクワク感」を取り戻して欲しい。作る方でも、観る方でもね。まあまずは『恋する幼虫』だけど、これをステップに、また井口さんと何かやっていきたいですね。

井口僕も別に奇をてらったことをやりたいのでは無くて、生きて行く上での不条理と、娯楽ってのをうまくシンクロさせて行きたいですね。客を楽しませるってのが実は簡単なようで凄く難しい。でもそれが映像作家の役目ですから。

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LIVE INFOライブ情報

恋する幼虫

2004年2月、テアトル新宿で公開
 
監督・脚本  井口昇 
荒川良々 新井亜樹/伊勢志摩 村杉蝉之介 唯野未歩子/乾貴美子/松尾スズキ
 
休刊のおしらせ
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