僕達の今日があり、明日がある色彩豊かな十一の風景 日常を生き抜く上で避けては通 れぬ憂いや悲しみ、葛藤、その先にある微かな希望。普遍的なテーマだからこそ上っ面 だけをなぞった安直な人生応援歌は淘汰されるし、第一我々の心には少しも響かない。クラッシュ・イン・アントワープの歌に聴き手が自身を投影するのは、感情の震えを全力で音に刻む強い意志がそこに宿っているからだ。『あゝ、千一夜』と題されたアルバムにある十一篇の物語の主人公はあなた自身であり、その叙情溢れる景色の中に僕達の今日があり、明日があるのだ。 憂鬱も希望も呑み込んだこの初のフル・アルバム、そして新宿ロフトでのワンマン・ライヴ"閃光のつぼみ"について、ヴォーカル&ギターの穣児に話を訊いた。(interview:椎名宗之)
音楽と向き合うことは自分自身と向き合うこと
——こうして初のフル・アルバムが完成して、手応えとしてどうですか。
穣児:今までを振り返ってみて、“ああ、いろんな夜を越えてきたなぁ”と。その一夜一夜の思いが、この11曲に結実していて。特に意気込んで“アルバムを作ろう”と思って曲を作ってきたわけじゃなくて、その時々の想いを曲に託して、こうして自然とアルバムの形を成したと思ってます。
——スピードスターへ移籍してからのシングル3部作(「鈍色の星~nibiiro no star」「戦ぎの手紙」「ゴー・ナウ」)を経ての集大成的な作品ですよね。
穣児:そうですね。これまで1曲1曲、今のクラッシュ・イン・アントワープというものを全部出してきたつもりだし、その延長線上に位置するアルバムだと思います。
——アルバム制作の際にメンバー間で話し合ったコンセプトみたいなものは?
穣児:特にはなかったですね。枠をあらかじめ作ってそこにはめ込んでいくやり方じゃなく、駒をひとつひとつ作っていって、それを合わせたほうが今の自分達としてはいいものが作れるんじゃないかと思ったので。1曲1曲を大切にしたし、それもかなり重たいというか。それがいいのか悪いのかは人によると思いますけど、重さを持ったアルバムだと思いますね。
——確かに。冬の夜空のような凛とした空気が全編を覆っていますよね。穣児さんの描く詩の世界は映像喚起力に優れているというか、情緒ある景色が自ずと浮かんできますが、詩作の推敲はよくするんですか?
穣児:そうですね。1曲に向かうパワーっていうのを深めたいんですよ。それで自分を発見することもあるし、自分と対峙したい気持ちもある。音楽と向き合うってことは、自分自身と向き合うっていうことだから。
——「旅人は夜に鳴く」にある〈君の涙が、涸れませぬように〉というフレーズに集約されていると思うんですが、失意の淵にのぞく微かな希望の光が通底するものとしてありますよね。
穣児:モチベーションは“明日があるから行こう”っていうところですね。表現方法としては、絶望のまま終わっても希望を表現したり、いろんな形があると思うんですけど…自分では強く信じてます。その代わり、自分でその先を行かないと絶対に希望を掴めないっていう。音楽を聴いてて感動するのは、その曲の中に自分自身を発見した時だと思うんですよね。やっぱり、肩組んでみんなでワイワイやるような安直な応援ソングみたいには生きられないし、結局は一人で行くしかない。その時々だけの音楽じゃなくて、その人にとって生きるために必要なバンドでありたいんです。
——この『あゝ、千一夜』を聴いて自身を投影させる人は少なくないと思いますよ。
穣児:僕らの音楽を通じて、みんなに自分を見つけてほしいっていう気持ちですね。誰かの物語じゃなくて、自分自身の物語として聴いてほしい。孤独に打ちひしがれてる人も、くすぶってる人も、それぞれ抱えてるものが一杯あると思うし、何かしらかを必ず感じ取れると思う。僕らもその何かをライヴで見つけますから。
——ライヴだとその生々しく切迫した歌がよりダイレクトに伝わりますね。
穣児:一時期、バンドのベクトルが内側にグッと向いたこともあったんです。でもそれを消化して“クラッシュ・イン・アントワープの音楽は外へ飛ばしていくもんだ!”っていう意識になった時に凄く変わって。今はみんな意識が凄く高いし、一人ではとても経験できないようなことが、やっぱりバンドでならいろいろと可能になるんですよね。
——ライヴで気に留めていることってありますか?
穣児:最近は、とにかく楽しもうという気持ちが強いですね。楽しさから何かを発見するって感じで。みんなそれぞれ何かを見つけて帰って行くんでしょうけど、その入り口は“楽しい”っていう感覚がいいのかなぁと思うようになりましたね。それは勿論“楽しければ何でもいいや”っていうわけではなくて、入り口としての間口が広がればいいなってことで。芯にあるものはずっと変わらなくていいけれども、間口を広げていくことはバンドとして面白いことだと思うんですよ。好きな音楽なんて1種類なわけじゃないし、音楽が好きな人はジャンルに囚われずに聴くし。自分もそのいろんなジャンルのひとつでいいんだなっていうのは、このバンドをやってて思いますね。そのためにも、もっと間口を広げていきたいんです。
正解がないからこそ面白くも難しい
——アルバムのリリース直後には新宿ロフトでのワンマンが控えてますが、何か構想みたいなものはありますか?
穣児:どういった感じにしましょうか(笑)。まぁ、2004年のスタートですからね。まさに“閃光のつぼみ”。つぼみの中に光があるっていうのを、その日に咲かせてしまってもいいぐらいの勢いでやりたいですね。“僕らはここにいます”という高らかな宣言ですよね。“一緒にスタートしようぜ!”みたいな気持ちもあるんで、一人でも多くの人に是非観てほしいですね。
——クラッシュ・イン・アントワープのようなバンドは特に、オムニバス・ライヴではなくワンマンで腰を据えてじっくり観たいですよ。
穣児:どっちの良さもあるんでしょうけど、僕らやるほうとしてはやっぱり長い時間観てほしいですよね。
——ワンマンとなると選曲に悩みそうですけど。
穣児:そうですね。あと曲順とかも。それ自体はもう、アルバムの曲順を考えるのと同じくらい悩むんでしょうし。ちゃんとした答えがないものですから…だからこそ面白いんでしょうけど。自分はこういうふうに考えてたけどこんな反応もある、とか。そういうのがやっぱりライヴをやってて面白いですよね。お客さんと一緒に作り上げるっていう。
——“答えがない”っていうのは、その音楽活動自体がそうですしね。正解がないからこそ面白くもあり難しいわけで。
穣児:そうですね。全部が全部、正解、正解…ってなってもそれは面白くない。ダメな時も勿論あって、本当に未知ですよね。だけど、人間と直に触れ合っていける仕事っていうか、こうして活動を続けていること自体が素晴らしいことだと思うんですよ。こちらからエネルギーを放出したり、逆にエネルギーを受け取ったり、凄く振り幅が大きい。
——ライヴの空間にいると、特に穣児さんのようにスポットライトを一身に浴びるような立場はオーディエンスからの気の流れをダイレクトに受け止めるわけですよね。
穣児:激流ですね、ドバーって感じで。シーンとした流れの時もありますけどね(笑)。大波が襲ってくると息もできなくなったりしますよ。だからこそいつも全力疾走なんです。いい意味でも悪い意味でも、なかなかまだ手を抜くことができなくて。もっと経験を積んで、引力のバランスを取れるようになればいいんですけど。
——台本の中身を体得した役者が、そこから如何に演技を“はずす”かが難しいっていうじゃないですか。
穣児:そうですね、何でもそうだと思うんですけど。はずしたところって目が行きますからね(笑)。そこにセンスが問われますし。こうして何年かバンドをやってきて、“ここは大切だ”っていう部分が徐々に理解できてきたというか。そのツボをきちんと押さえて、もっと自由にやっていけば音楽自体もどんどん面白くなっていくと思いますよ。とにかくライヴは勝負の場だから、もっともっと技術力をつけて、今回のアルバムの曲もいい形でライヴで披露したいですね。まぁ、余り地に足の着かないことをしても説得力が感じられないから難しいんですけど。
——今後のバンドのヴィジョンは漠然とありますか?
穣児:いつか世界征服を、とかそういう夢じゃなくて、一歩一歩しっかり踏みしめて行きたい。とりあえず2004年はこのアルバムを持って行けるところへライヴをしに行こうと思ってます。生きてて1対1のところで会おう、みたいな感覚が常にありますね。間口を広くもしていきたいけどそこに深さがないと絶対にイヤだから、深いところまで行ってもいい容量は作るよ、という自負はあります。希望も絶望も全部ひっくるめて、1曲1曲で打ち出していくよっていうバンドですから。
——一曲入魂ってことですかね。
穣児:全曲入魂ですね。覚悟して聴いてもらっていいよ、みたいな感じかな(笑)。