労働、差別、貧困、医療、福祉の矛盾が集中し「日本の縮図」とも言われる大阪市西成区釜ヶ崎。この地の中心部には、38年にわたり活動を続ける「こどもの里」という場所がある。"さと"と呼ばれるその場所は、0歳から20歳くらいまでの子どもたちを、障がいの有無や国籍の区別なく無料で受け入れている。学校帰りに児童館として遊びに来る子ども、さまざまな事情から親元を離れて一時的に宿泊する子ども、そして、その親たちも休息できる貴重な地域の集いの場。
いじめや虐待、貧困による餓死のニュースが放送されるたびに聞こえる「誰かが気づいていれば...」「誰かに相談をしていれば...」の言葉。だが、逃げ込める場所、どうしようもなくなったときに頼るネットワークは、必要としている人に届いているのだろうか。誰でもいつでも無料で利用できる場所「こどもの里」は、その道しるべだ。今回が初監督作品となる重江良樹さんにお話をうかがった。(interview:成宮アイコ)
こどもの里は、つねに「そこに存在している」
©ガーラフィルム/ノンデライコ
ーまず、写真や動画を撮ることがためらわれがちな釜ヶ崎で、長期にわたってカメラを回し続けていらしゃったことにとても驚いたのですが、撮影を始めたきっかけを教えてください。
重江:2008年に夜間の映像学校に通っていたのですが、その卒業制作で自主映画を撮ることになったんです。せっかくなら社会的要素のあることをしたいなと思って、西成の釜ヶ崎に行けば何かあるかもしれない! と行ってみたら、こどもの里があったんです。実際に通い始めたのは8年前で、撮影をはじめたのは2013年からの2年と少しですね。
ーもともと足を運んでいたというわけではないんですね。
重江:それまではほとんど行ったことがなくて、撮ると決めてから通うようになりました。「釜ヶ崎」って社会からはすごく偏見の目で見られていて、当時の僕もそうでしたが、「暴動・ホームレス・覚せい剤」など、様々な要素がある危険な街だと思っていました。実際、カメラを持っていると絡まれることもありましたが、優しく話しかけてくれる人も多かったです。
ーフライヤーのキャッチコピーに書かれている「いつでもおいで」「わたしはあんたの味方やで!」は、誰もが言われたら嬉しい / 誰かに言ってほしい言葉だと思います。取材の中でこどもの里を象徴するフレーズだったのでしょうか。
重江:撮り始める前から、こどもの里にはそういうことを感じていました。つねに存在して見守ってくれているというか「横にいて支援している!」という仰々しさではなくて、いつも「そこにいてくれている」という気がしたんです。荘保さん(こどもの里の館長)が、実際に子どもに向かって「わたしはあんたの味方やで!」って言っていますしね。プロデューサーから、チラシのフレーズとして提案されたとき、僕の中にもスッと入ってきました。
ー確かに「わたしはあんたの味方やで!」と言う場面はとても印象的でしたよね。タイトルの「さとにきたらええやん」は、シリアスになりがちなテーマでありつつ、ふと笑ってしまったり、思わずつっこみたくなる場面もある内容にぴったりで、キャッチーで明るい言葉だなと思いました。このタイトルはすぐに決まりましたか?
重江:最高に悩みましたね! 他には「じゃりんこの里」とかも考えました(笑)。手当たり次第にいっぱい案を出して、その中のひとつに「さとにきたらええやん」というのがあったんです。
ー全部ひらがなにしたのも意図的なのでしょうか。
重江:そうですね。柔らかくて覚えやすいようにひらがなにしました。漢字で「里に来たらええやん」って書くとだたの文章になってしまうんですけど、ひらがなだとビジュアルが浮かぶんです。
ー現場に足を運んでから撮るにいたるまでに、監督ご自身にも心境の変化はありましたか。
重江:最初は、ボランティアで遊びに行っていて、撮りはじめたのは2013年の春なんですが、その前の年に、大阪市が独自でやっていた「子どもの家事業」の打ち切り(※無料利用できる『子どもの家事業』を廃止し、「月約2万円程の負担が必要となる『留守家庭児童対策事業(学童保育)』へ移行となった。こどもの里も学童事業に移行したが現在も実質無料」)があって、自分自身も反対署名を集めたりして、みんな戦っていたなぁと思います。
ー「こどもの里」自体、継続ができるかできないか問題になっていましたよね。
重江:そうなんです。もともと行政に言われて始まったわけではなく、助成金も何もないところでやっているので、できないことは増えるだろうだけど、どんな形でも継続をしていくだろうとは思っていましたけど、危機感はありましたね。こどもの里がメディアにも出て、職員、利用者、共にいろんなことを訴えていて、そこで自分は「何も出来ない、無力だなぁ」と感じたのが撮影を始める要因の一つとなりました。「こどもの里」の職員さんとは関係性ができていたので、「シゲが撮るならええんちゃう?」って言われて、撮影を始めました。
©ガーラフィルム/ノンデライコ